泥人形徳川秀忠

俺は日本史が趣味とはいっても、知らないことはいっぱいあって、徳川秀忠が「泥人形」と評されたということを昨日初めて知った(もしかしたら聞いたことがあるかもしれないが全く記憶になかった)。 で、検索してみたら、江戸時代中期に成立した『常山紀談』…

范可(斎藤義龍)について(その5)

范可(斎藤義龍)について(その3) - 国家鮟鱇 の追記でMMRのガイドラインにちょっと触れた。リンク先のスレッドの2(1は面倒なので飛ばす) ton.5ch.net ネタを解説するのは野暮なことだが、一応解説。まず「2ちゃんねる」という単語がある。「2ちゃんねる…

范可(斎藤義龍)について(その4)

もう一度おさらい。まずは史実かどうかは考察せずに純粋に『信長公記』は何と言っているのかを読み取る。 合戦に打ち勝ちて、頸実検の所へ、道三が頸持ち来たる。此の時、身より出だせる罪なりと、得道をこそしたりけり。是れより後、新九郎はんかと名乗る。…

落合洋司弁護士立憲民主党公認取り消しの謎

立憲民主党から公認を取り消された弁護士の落合洋司氏(55)が4月2日、Twitterを更新し、韓国に関する一連のツイートについて、「ヘイトスピーチだった」と自身で認め、改めて謝罪した。 立憲民主党が公認を取り消した落合洋司氏が、自ら「ヘイトスピーチだ…

范可(斎藤義龍)について(その3)

「范可」についての解釈は俺に言わせれば無茶苦茶である。全く論理的・科学的ではない。 (その1)『信長公記』の記述から義龍(新九郎)が「唐」の故事にちなんで「范可」と号したということは読み取れない。百歩譲ってその解釈が可能だとしても、別の解釈…

范可(斎藤義龍)について(その2)

合戦に打ち勝ちて、頸実検の所へ、道三が頸持ち来たる。此の時、身より出だせる罪なりと、得道をこそしたりけり。是れより後、新九郎はんかと名乗る。古事(こじ)あり。昔、唐に、はんかと云ふ者、親の頸を切る。夫者(かのもの)、父の頸を切りて孝となる…

范可(斎藤義龍)について(その1)

斎藤義龍が父の斎藤道三を討った長良川の戦い。 『信長公記』(新人物往来社)より 合戦に打ち勝ちて、頸実検の所へ、道三が頸持ち来たる。此の時、身より出だせる罪なりと、得道をこそしたりけり。是れより後、新九郎はんかと名乗る。古事(こじ)あり。昔…

アゴラの呉座氏の井沢元彦批判は適切か?(追記)

gryphonさんが紹介してくださった。最初誰かと思ったんだけど「見えない道場本舗」さんやね。 m-dojo.hatenadiary.com さて、上の記事を読んで、井沢元彦氏の言う「状況証拠」なるものが見えてきた。 山本勘助もかつては実在しなかったとされていた。明治時…

アゴラの呉座氏の井沢元彦批判は適切か?(簡易版)

昨日書いた記事が長すぎるので簡易版(+前回に少し加えたもの) アゴラの呉座氏の井沢元彦批判は適切か? - 国家鮟鱇 井沢元彦氏の主張は、その是非以前に、前提となる事実の提示の段階で歪みがある。主張の是非にだけ囚われていると落とし穴にはまる。※こ…

アゴラの呉座氏の井沢元彦批判は適切か?

久しぶりに書く。 アゴラの呉座勇一氏の記事 agora-web.jp『日本国紀』については読んでないし面倒くさいからスルー。井沢元彦氏の主張に対する、呉座氏の批判は適切なのかという話。結論から言えば俺は適切ではないと考える。 史料が出てきたら見解を訂正す…

陰謀論批判批判4

繰り返すが俺は明智氏の説を支持しない。正しい可能性は非常に低いと思う。数値にするのは困難だが仮に正しい確率は1万分の1(0.01%)だとしよう。この説が正しいということはおよそ有り得ないということだ。 けれど、有り得ないというなら呉座勇一氏のフロ…

陰謀論批判批判3

明智憲三郎氏の説を俺は支持しない。だからといって明智氏を気軽に叩けるかといえばそうではない。なぜなら歴史学会と明智氏とどっちが俺と近いところにいるかといえば、断然明智氏の方が近いから。素人の歴史好きと一口に言ってもいろいろな種類があるのだ…

陰謀論批判批判2

『陰謀の日本中世史』は非常に評判が良い。ツイッターで言及されてるものをチェックしてみても批判は滅多に無い。それだけこの本が優れているのだという考えもできるだろうけれども、一方では世の中には陰謀論が蔓延しており、それを信じている人が多数いる…

陰謀論批判批判

呉座勇一氏が陰謀論批判をしている。 ⇒「この国に陰謀論が蔓延する理由」歴史学者・呉座勇一に訊く(現代ビジネス編集部) | 現代ビジネス | 講談社(1/3) 陰謀論を批判するのは良いのだけど、この批判は妥当なのだろうか? なにか大きな事件が起こると、す…

『付喪神記』と『百鬼夜行絵巻』(その10)

赤くて丸い物体について (真珠庵本) これについて田中貴子氏は 通常は朝日の出現と解されている物体が、『付喪神記』における「陀羅尼から発する付喪神調伏の火の玉(『図説 百鬼夜行絵巻をよむ』) だと主張する。『付喪神記』で 時に関白殿下、臨時の除…

『付喪神記』と『百鬼夜行絵巻』(その9)

あと『百鬼夜行絵巻』で思うのは、たとえばこれ。 上が昨日紹介した日文研本で下が東博模本。見ての通り、上の妖怪が下では蛸の妖怪になっている。ただし妖怪のポーズに変化はない。 で、それはそれとして、その妖怪と亀に乗った蛙の妖怪との位置が異なる。…

『付喪神記』と『百鬼夜行絵巻』(その8)

2007年に発見された『百鬼ノ図』日文研(国際日本文化研究センター)蔵。『百鬼夜行絵巻の謎』(小松和彦)に載る。 (集英社新書)" title="百鬼夜行絵巻の謎 (集英社新書)">百鬼夜行絵巻の謎 (集英社新書)作者: 小松和彦出版社/メーカー: 集英社発売日: 2008/1…

『付喪神記』と『百鬼夜行絵巻』(その8)

『付喪神記』(国会図書館本)に赤鬼と青鬼の「悪鬼」が登場することは既に書いた。彼らは器物が妖変した付喪神。実はそれ以外にも「鬼」が登場する。それが「護法童子」。 然るに第六日の後夜の時に御聴聞の為に、主上出御なるとて、御殿の上を御覧ぜらるゝ…

『付喪神記』と『百鬼夜行絵巻』(その7)

『付喪神記』の「悪鬼」は「鬼」とはいっても「鬼神」ではなく、あくまで付喪神の一種であろうということは既に書いた。 では『百鬼夜行絵巻』(真珠庵本)の「鬼」は何者か? そもそもどれが「鬼」なのか判断が難しいが、明らかに鬼だと考えられるのは赤鬼…

『付喪神記』と『百鬼夜行絵巻』(その6)

今回は『百鬼夜行絵巻』について。まず基礎知識として「百鬼夜行」には「鬼神の行進」「妖怪の行進」「行進だとは限らない」と様々なバリエーションがある。『百鬼夜行絵巻』は少なくとも4つの系統があり最も有名なのは「真珠庵本」と呼ばれる系統。一般に『…

『付喪神記』と『百鬼夜行絵巻』(その5)

『付喪神記』に描かれる器物でも人間でも獣でもない妖怪は何者か?『付喪神記』では 或は男女老少の姿を現はし、或は魑魅悪鬼の相を変じ、或は狐狼野干の形をあらはす。 とあるから、これらは「魑魅悪鬼」となるだろう。ただし「魑魅悪鬼」はおそらく「魑魅…

『付喪神記』と『百鬼夜行絵巻』(その4)

(画像が切れてるので全体を見るには「国立国会図書館デジタルコレクション」にアクセス)再び「付喪神」の行列。昨日書いたように一番下の画像の左の2体が火炎によって元の姿に戻ったものだとすると、それ以外の行列に参加する「付喪神」は元の器物の形態を…

『付喪神記』と『百鬼夜行絵巻』(その3)

妖怪達が「舞、酒宴、遊戯」する場面で、彼らの容姿は器物の容姿を有していない。次に やがて此の山の奥に社壇を建てて、その名を変化大明神と号し奉る。立烏帽子の祭文の督を神主とし、小鈴の八乙女、手拍子の神楽男などさだめおきて、朝に祈り夕に祭り申す…

『付喪神記』と『百鬼夜行絵巻』(その2)

『付喪神記』を画像から読み解く。なお『付喪神記』には岐阜の崇福寺所蔵の『非情成仏絵巻』と、国会図書館所蔵の『付喪神繪』の二系統があり、両者の絵は比較すると全く異なる。ここでは国会図書館所蔵の『付喪神繪』について論じる。※ 崇福寺本についても…

『付喪神記』と『百鬼夜行絵巻』(その1)

図書館で『図説 百鬼夜行絵巻をよむ』(河出書房新社 2007)と『百鬼夜行の見える都市』(田中貴子 1994 文庫版2002)を借りてきた。最初は付喪神に対する関心しか無かったのだが、付喪神と『百鬼夜行絵巻』には密接な関係があるので、こっちにも関心が湧いて…

「淀君」が蔑称だという珍説(目次)

「淀君」が蔑称だという珍説 「淀君」が蔑称だという珍説(追記) 「淀君」が蔑称だという珍説(追記その2) 「淀君」が蔑称だという珍説(追記その3) 浅井三姉妹(アナザーストーリー)(2007/10/05) 淀君は貶められたのか (2009/03/25) 淀君は貶められた…

付喪神について(目次)

付喪神について(その1〜その6) 付喪神について(その7) 付喪神について(その8〜その9) 付喪神について(その10〜その11) 付喪神について(その12) 付喪神について(その13〜14) 付喪神について(その15)

福島正則の「西上」(目次)

「西上」とは何か?(目次) 福島正則の「西上」(その1) 福島正則の「西上」(その2) 福島正則の「西上」(その3) 福島正則の「西上」(その4) 福島正則の「西上」(その5) 福島正則の「西上」(その6) 福島正則の「西上」(その7) 福島正則の「西上…

福島正則の「西上」(おまけ)『慶長年中卜斎記』について

白峰旬氏の論文『フィクションとしての小山評定 : 家康神話創出の一事例』では「3.『慶長年中卜斎記』が描く小山評定」と題して『慶長年中卜斎記』について論じている。その後、本多輶成氏がこの前「小山評定の再検討」( 『織豊期研究』14号)を発表し…

福島正則の「西上」(その7)

『「人数之儀者被上」は正しいけれども、正しくなく「止」が正しいという可能性』とはどういうことかといえば…と、その前に4年前に話題になった「石谷家文書」の話。説明会で岡山県立博物館の内池英樹氏の話を聞いた時の話。記憶に頼るので間違ってるところ…