「鞘巻の熨斗付」について(その6)(黒人弥助についてのあれこれ)

織田信長が「鞘巻の熨斗付」を与えたのは、(某研究者の主張とは違い)むしろ信長が弥助を武家奉公人として雇用したことの証の可能性が高い。

 

実はまだ書くべきことがあるのだけれど調べ切れていない。いつか書くかもしれないけれど調べるのに時間がかかるし、他の件で書きたいことがあるので「鞘巻の熨斗付」については一応これでおしまい。

 

(参考文献)

『古事類苑』『貞丈雑記』『刀劒問答』『軍用記』『安斉雑考』『御供故實』『武家名目抄』『壺蘆圃漫筆』ほか

『服飾の美意識 : "着ること"の意味 (テレビ大学講座) 』 (谷田閲次 1980.)ほか

 

これで『信長公記』(尊経閣文庫本)の記述

然に彼黒坊被成御扶持、名をハ号弥助と、さや巻之のし付幷私宅等迄被仰付、依時御道具なともたさせられ候

から平山優氏が弥助は「侍」とする根拠の

「①信長より「扶持」を与えられている、②屋敷を与えられている、③太刀を与えられている」

のうち「鞘巻きの熨斗付」については「侍」の根拠であるどころか、「侍ではない」の根拠になりえる可能性が高い。次に「扶持」については武家奉公人であっても信長から扶持されてることに違いはないので「侍」の根拠にはならない。そして「私宅」についてもおそらく「侍」の根拠にはなりえないと思う。この「私宅」についてはまたそのうち書く予定。