2016-03-01から1ヶ月間の記事一覧

「あざい」か「あさい」か(その10)

一応のまとめ 宮島敬一氏は『本来「浅」を「あざ」と訓ずることはない』というけれど、「浅」を「あざ」と訓ずる地名は結構ある。 ⇒「あざい」か「あさい」か(その6) しかも、東北の宮城県にもあれば九州の対馬にもあり京都にもある。すなわち日本列島全体…

「あざい」か「あさい」か(その9)

次に「稚浅津姫命(わかあさつひめのみこと)」 『日本書紀』垂仁天皇15年に「次妃薊瓊入媛生池速別命・稚浅津姫命」とある。すなわち稚浅津姫命は垂仁天皇と薊瓊入媛の間に生れた。 薊瓊入媛は「あざみにいりびめ」と読む。漢字で見れば全然違うけれども娘…

「あざい」か「あさい」か(その8)

『日本書紀』 「(巻第五)崇神天皇」の「浅茅原」。『古事記』には出てこない。『万葉集』には 「淺茅原 曲曲二 物念者 故郷之 所念可聞」 「山高 夕日隠奴 淺茅原 後見多米尓 標結申尾」 「茅花抜 淺茅之原乃 都保須美礼 今盛有 吾戀苦波」 「淺茅原 苅標…

「あざい」か「あさい」か(その7)

もはや戦国大名浅井氏の話ではなくなるが、ものすごく面白そうなので、古代の「淺」について調べてみる。 『日本書紀』の「淺」使用例。 (巻第五)崇神天皇 天皇乃幸于神浅茅原(かむあさぢはら) 倭迹速神浅茅原目妙姫 天皇即親臨于神浅茅原 (巻第六)垂…

「あざい」か「あさい」か(その5)

さて大分県の「朝日長者伝説」⇒大分の伝説 久住高原長者原に伝わる朝日長者伝説 説明文写真付 ⇒「ふる里の蒸気機関車」VOL15 ⇒朝日長者伝説と土壌肥料学 (情報:農業と環境 No.99 2008.7) ⇒075朝日長者 九重高原 近江国浅井郡に浅井藤彦という人がいて、神功…

「あざい」か「あさい」か(その4)

これもよくわからないんだけれど気になるので一応書いておく。 『帝王編年記』の「近江国風土記」逸文について。 また云へらく、霜速比古命(しもはやひこのみこと)の男(こ)、多々美比古命(たたみひこのみこと)、是(こ)は夷服(いぶき)の岳の神とい…

「あざい」か「あさい」か(その3)

『人物叢書浅井氏三代』(宮島敬一)に なお、『東浅井郡志』は慶長一八年(一六一三)の伊豆神社(湖北町)の鰐口銘「呰部郡」を「あざい」の初見とするが、これは出雲国からの寄進物である。 と書いてある。無知な俺はこの意味がわからなかったのだけれど「…

「あざい」か「あさい」か(その2)

「南部文書」について『大日本史料』では 「あさいびぜんのか□」 「あさいしもつけのかミひさまさ」 「あざいびぜんのかミながまさ」 「あざい三たい」 となっているけれど『東浅井郡志』では 「あざいびぜんのかみ」 「あさいしもつけのかみひさまさ」 「あ…

「あざい」か「あさい」か(その6)

また古代・中世に「浅井」以外の表記はなく、本来「浅」を「あざ」と訓ずることはない。 『人物叢書浅井氏三代』(宮島敬一) 調べたら「浅」を「あざ」と訓ずる例は結構ありますね。 京都市右京区「京北浅江町」は「けいほくあざえちょう」と読む。 福井県吉…

「あざい」か「あさい」か

この問題については前に何回か書いたんだけれどツイッターで話題になってたので再考してみる。外国人史料というのは、当時の発音を知る上で、宝の山です。いま、私が残念だと思っているのは、フロイスが「浅井長政」の名前に触れていない事。もし宣教師史料…