2015-08-01から1ヶ月間の記事一覧

ウメボシアメ

サザエさんが夏みかんか何かを食べて、「おー、すっぱい」と言っていて、三コマ目でワカメちゃんに、「ちょっとそこのウメボシアメとって」と言う。四コマ目で、さらに酸っぱそうな顔をしたサザエにワカメが「梅干しって言ったんじゃなかったの?」と言って…

続・武田信虎はなぜ追放されたのか?

武田信虎の誤解「戦争を好んだから追放された」はいつから発生したのだろう。同時代では「悪逆非道」としか書かれていない。反戦志向の第2次大戦後か……。 武田信虎に関する素朴な疑問 なぜ追放されたか?http://t.co/XhEUHhXxky— 高村不期 (@buqimingri) 201…

つきぢ田村

Wilkinson - Breathe ft. Shannon Saunders

北条氏康書状について(その24)

殊岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候、其以後、萬其国相違之刷候哉、因茲、彼国被相詰之由承候、無余儀題目候、 について。 岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候 とは、岡崎の城(松平広忠)を其の国(駿府の今川義元政府)より既…

北条氏康書状について(その12)再考

村岡幹夫教授の論文の後の方に したがって、天文十六年九月の織田の三河侵攻以前においては、安城城は依然として織田が維持しつつも、松平広忠方の反攻にさらされていたと想定するのが妥当である。北条氏康文書にいう、「安城は要害、即時ニ破らる」とは、織…

北条氏康書状について(その23)

俺は戸田氏について良くしらないので、これから勉強しなければならない。 とりあえず『新編岡崎市史 中世』より 今川氏による三河直接支配は天文一五(一五四六)年からである。それ以前にあっては、今川市は三河国人衆とゆるやかな主従関係を結んでいたとみ…

「私の血液型をひとつの質問だけで確実に当ててください」

⇒面接官「私の血液型をひとつの質問だけで確実に当ててください」:キニ速 84:以下、\(^o^)/でVIPがお送りします: 2015/08/16(日) 04:47:23.627id:zMAlCXV/K.net.net >>64 これの応用で、「次の質問にA型の人は5秒後、B型の人は10秒後、O型の人は15秒後…

北条氏康書状について(その22)

「駿州ニも今橋被致本意候」の「今橋」を今橋城または地域名ではなく「戸田宣成」のことだとし、また「今橋に」ではなく「今橋が」として 「駿州ニも今橋(戸田宣成が)被致本意候」 と読めば、難解だと思われたこの文もかなりすっきりと読むことができるよ…

北条氏康書状について(その21)

「駿州ニも今橋被致本意候」とは「今川義元が今橋を本意にした」という意味ではなくて、「今橋(戸田宣成)が駿州(今川義元)に本意を致した」という意味である。 では、その「本意」とは何か?それは文脈に沿って考えれば、今川義元の意に沿わないで、戸田…

北条氏康書状について(その20)

俺が北条氏康文書を解読する上で重要だと思うこと (2)「駿州無相談」を研究者は「織田が今川に相談せず」、または「駿州被相談」として「織田が今川に相談して」と解釈している。しかし俺の考えでは「駿州に」ではなくて「駿州が」であり、「三州之儀、駿…

北条氏康書状について(その19)

俺が北条氏康文書を解読する上で重要だと思うこと(1)「三州」「駿州」とは地域を指すのではなく、「三州」とは松平広忠、「駿州」とは今川義元を指す。より正確に言えば松平広忠をトッブに据えた組織・集団を指すのではないかと考えられ「家」と呼べるので…

北条氏康書状について(その18)

引き続き 殊岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候、其以後、萬其国相違之刷候哉、因茲、彼国被相詰之由承候、無余儀題目候、 の 今橋被致本意候 について。 村岡幹生教授は、これを「駿州ニも今橋被致本意候」で区切り 今川義元においても今橋を…

北条氏康書状について(その16)再考と追記

⇒北条氏康書状について(その16) 殊岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候、其以後、萬其国相違之刷候哉、因茲、彼国被相詰之由承候、無余儀題目候、 は 岡崎之城自其国就相押候駿州ニも と読むべきであり「相押さえているのは駿州(今川義元)で…

北条氏康書状について(その13)再考

⇒北条氏康書状について(その13) 仍三州之儀、駿州無相談、去年向彼国之起軍、安城者要害則時ニ被破破之由候、毎度御戦功、奇特候、 について。 前に 次に「毎度御戦功、奇特候、」について。これは特に問題ない。 と書いた。しかし、今朝急にひらめいたの…

北条氏康書状について(その17)

次に 殊岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候、其以後、萬其国相違之刷候哉、因茲、彼国被相詰之由承候、無余儀題目候、 の 今橋被致本意候 について。 村岡幹生氏の読み下しは「駿州ニも今橋本意に致され候」。意味は「今川が今橋を本意にした」…

北条氏康書状について(その15)

とても重要なことなので何度でも書くけれど北条氏康文書は 如来札、近年者遠路故、不申通候処、懇切ニ示給候、祝着候、 仍三州之儀、駿州無相談、去年向彼国之起軍、安城者要害則時ニ被破破之由候、毎度御戦功、奇特候、 殊岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも…

北条氏康書状について(その14)

殊岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候、其以後、萬其国相違之刷候哉、因、彼国被相詰之由承候、無余儀題目候、 について。村岡幹生氏の読み下しは 殊に岡崎の城、其の国より相押さえ候に就き、駿州ニも今橋本意に致され候、其れ以後、万(よろ…

北条氏康書状について(その16)

殊岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候、其以後、萬其国相違之刷候哉、因茲、彼国被相詰之由承候、無余儀題目候、 何度も言うけれど、これが一つの文である。したがってこの文中に書かれていることにこそ強い繋がりがあるのであって、前文との繋…

北条氏康書状について(その13)

さらに引き続き 仍三州之儀、駿州無相談、去年向彼国之起軍、安城者要害則時ニ被破破之由候、毎度御戦功、奇特候、 の 安城者要害則時ニ被破破之由候、 について。 「被破破」がどういう意味なのか不明。研究者もここはスルーしている模様。おそらくは誤記か…

北条氏康書状について(その12)

引き続き 仍三州之儀、駿州無相談、去年向彼国之起軍、安城者要害則時ニ被破破之由候、毎度御戦功、奇特候、 の 去年向彼国之起軍 について。 「向彼国之起軍」を村岡幹夫氏は 彼の国に向け軍(いくさ)を起こされ と読み下している。俺は「之起軍」は「軍を…

北条氏康書状について(その11)

仍三州之儀、駿州無相談、去年向彼国之起軍、安城者要害則時ニ被破破之由候、毎度御戦功、奇特候、 の 去年向彼国之起軍 について。 「去年」とはいつのことか? 平野明夫氏の『三河松平一族』(新人物往来社)によれば 横山住雄氏は、「去年」を文字通り解…

小林よしのりと純粋まっすぐ君

日本の保守派の中で、小林よしのりが今回の安保法制で方向転換した、というのは実は間違っております。わしは保守というのは基本的には日本のアイデンティティを保守しないといけないという風に思っています。だから基本的に憲法を改正して、日本の自衛隊は…

小林よしのりと麻生発言

またかよ… 侵略戦争はダメだって言ってるんです。自衛のための戦争はやりますよ。北朝鮮が暴発したらやらなければいけません。麻生太郎さんは憲法改正そのものをどうもあきらめた節があり、「ワイマール憲法を形骸化させる手もある」と言った。ワシはあのと…

北条氏康書状について(その10)

仍三州之儀、駿州無相談、去年向彼国之起軍、安城者要害則時ニ被破破之由候、毎度御戦功、奇特候、 村岡幹生教授は「無相談」が本当は「被相談」なのは明白だとする。横山住雄氏も同様の解釈。一方、平野昭雄氏は「無相談」としている。村岡・横山説と平野説…

何が正しいかは多数決で決まる(悲しいけどこれ、現実なのよね)

前に「科学は多数決で決まる」という記事を書いた。世間じゃ「科学は多数決では決まらない」なんて言ってる人が結構いるけれどそれは間違っている。何が正しいかは多数決で決める他に方法がない。だって「これは正しい」「これは間違っている」と審判してく…

礫川全次氏の答えへの答え

⇒ケルロイター教授、政治指導と軍事指導の一致を説く 麻生氏が「ナチスに近い人物」だと考えているわけではなく 私はナチスに見習うべきことがあると考えているということを「ナチスに近い」と表現しているんですよ。 私は麻生氏がナチスに見習うべきことが…

なぜ合体したがるんだろう?

⇒「SEALDs」と学者の会が合体 反安保法案共同デモ:朝日新聞デジタル いや本気でわからないので。別にこの件に限ったことじゃないけれど、なんで合体しなきゃならないんだろう? 選挙ならわかる。得票がが40%見込まれるA候補と30%の得票が見込まれる…

「戦争を知らない子供たち」について(その4)

「戦争の悲惨さを知らない子供たち」について。俺の両親は真珠湾攻撃より前に産まれた。だから戦争を知っている世代。ただし子供だった。父方の祖父は徴兵で中国に行ったらしいが詳しいことは知らない。太平洋戦争には従軍していないと思う。母方の祖父は病…

礫川全次氏の質問に対する返事

1 国家鮟鱇でも鮟鱇でもその他なんてもいいです。 2 「あなたがた」に礫川さんは入ります。礫川さんのブログのコメント欄に書いているのですから当然でしょう。そこから説明しなければならないというのは理解に苦しみます。 「あなたがた」とは麻生発言を礫…

「戦争を知らない子供たち」について(その3)

俺はfinalvent氏より年下である。「戦争を知らない子供たち」という歌をいつ知ったのか記憶が定かでない。俺が最初に知った歌が何だったかも定かではない。親は俺が「ブルー・シャトウ」(1967)をよく歌っていたと言うけれど記憶にない。「ブルー・ライト・…