日本の保守派の中で、小林よしのりが今回の安保法制で方向転換した、というのは実は間違っております。
わしは保守というのは基本的には日本のアイデンティティを保守しないといけないという風に思っています。だから基本的に憲法を改正して、日本の自衛隊は軍隊にするべきだと思っています。ところが、日本の保守派と言われている人はほとんどすべて、アメリカに付いて行くということを保守しているわけです。
⇒【全文】「わしが多くの日本人を覚醒させて、本当の独立国というものを築く」〜小林よしのり氏が安保問題で会見 (1/3)
「保守というのは基本的には日本のアイデンティティを保守しないといけない」というのがちょっと意味がわからないのでこの保守の定義が妥当かどうか俺には良くわからない。
それはともかく「保守」というものがそういうものであるのなら保守は「基本的に憲法を改正して、日本の自衛隊は軍隊にするべき」と考えなければならないらしい。「だから」と繋げているのだからそうなる。
そして「ところが、日本の保守派と言われている人はほとんどすべて、アメリカに付いて行くということを保守しているわけです」とある。「ところが」とあるのだから、「日本の保守派と言われている人」は「保守」ではないということなんだろう。
しかしながら普通に考えれば『日本のアイデンティティを保守するためにアメリカに付いて行く』という選択肢も当然ありえる。しかし小林氏の脳内ではそれは除外されているということになる。
すなわち小林氏においては、「基本的に憲法を改正して、日本の自衛隊は軍隊にするべき」と「アメリカに付いて行く」の選択肢の中から前者を選ぶべきたという思考ではなくて、保守ならば「基本的に憲法を改正して、日本の自衛隊は軍隊にするべき」以外の選択は存在せず、それ以外を考える人は本当の保守ではないという論理になっていると考えられる。
そもそも「アメリカに付いて行く」という言い方自体がいやらしい言い方であって、「アメリカとの協力関係を重視する」とか他に言いようがある。何でこんな言い方をするかといえば「基本的に憲法を改正して、日本の自衛隊は軍隊にするべき」以外の考え方は保守ではなく敵だとみなしているからである。それだけでなく何度も引用させてもらうが
一方において、彼らは反対論を認めることができない。絶対真理に対する反対だからである。他方、彼らは反対論と戦うこともできない。間違いは情報不足の結果にすぎないからである。彼らにとって絶対真理に対する反対は何かの間違いにすぎない。(P.F.ドラッカー)
という論理が働いているのである。つまり自分と同じ考えをしない者は「自分と違う考え」ではなくて間違いにすぎないのである。この場合は「日本のアイデンティティを保守する」という課題に対する答は「基本的に憲法を改正して、日本の自衛隊は軍隊にするべき」という唯一の答しか存在せず、それ以外の答は間違いであり、間違えた理由は馬鹿だからということになるのだろう。このように自分と異なる考え方をする人はなぜそのように考えるのだろうかということを理解しようとせず、あいつらは馬鹿だからと決め付けるような態度は、それこそ保守の取るべき態度ではないのである(もちろん他の考え方を考え方として認めた上で、比較した上て自説が一番だと主張するのだったらいいのだが)。
小林氏といえば「純粋まっすぐ君」という言葉を作った人だが、その言葉をどういう場面に使うべきかは俺はよく知らない。知らないけれども語感からすれば、「基本的に憲法を改正して、日本の自衛隊は軍隊にするべき」が唯一の答で
みんなわしのような考え方をしなきゃおかしいんですよ
などと、それ以外の考え方を排除している小林氏はまさに「純粋まっすぐ君」と呼ぶに値する人物であるように思われる。