北条氏康書状について(その16)再考と追記

北条氏康書状について(その16)

殊岡崎之城自其国就相押候、駿州ニも今橋被致本意候、其以後、萬其国相違之刷候哉、因茲、彼国被相詰之由承候、無余儀題目候、

岡崎之城自其国就相押候駿州ニも

と読むべきであり「相押さえているのは駿州(今川義元)であろう」と書いたんだけれども、「白水社 中国語辞典」によれば「押」の意味に

付き添って監視する,付き添って世話する,護送する,宰領する.

押の意味 - 中国語辞書 - Weblio日中中日辞典
とある。「宰領」の意味は

1 監督すること。取りしきること。また、その役。「請負工事を―する」「家事一切を―する」

さいりょう【宰領】の意味 - 国語辞書 - goo辞書


ここでの「押」の意味もこれではないだろうか?意訳すれば「岡崎の城を其の国(駿州)よりすでに宰領している駿州」ということになるだろうか。



※ あと追記として、村岡幹生教授はこの部分を「岡崎之城自其国就相押候」で区切って(織田信秀が)「岡崎城を確保した」と解釈していることは既に書いた。同じく教授の解釈では信秀が安城の城を破ったことになっているけれど、そこで氏康は「毎度御戦功、奇特候、」と信秀を賞賛している。ところが信秀が「岡崎城を確保した」ことについては何の感想も述べていない。これは極めて不自然なことではないだろうか?