地球温暖化と「空気」の研究 (その2)

『「空気」の研究』はNOx規制の話の次に、イタイイタイ病の話が出てくる。


山本七平のもとに「イタイイタイ病カドミウムに関係ないと、克明に証明した専門書」が持ち込まれる。そこでの会話を引用する。

「では、あなたが発表すればよいでしょう」
「いえ、いえ、到底、到底。いまでは社内の空気も社外の空気も、とても、とても……第一トップが、『いまの空気では破棄せざるを得ない』と申しまして回収するような有様で……(「破棄」を「出撃」と変えれば、戦艦大和出撃時の空気と同じだ)。無理もありません。何しろ新聞記者がたくさん参りまして『カドミウムとはどんなものだ』と申しますので、『これだ』といって金属棒を握って差し出しますと、ワッといってのけぞって逃げ出す始末。カドミウムの金属棒は、握ろうとナメようと、もちろん何でもございませんよ。私はナメて見せましたよ。無知と言いますか、何といいますか……」
「アハハハ……そりゃ面白い、だがそれは無知じゃない。典型的な臨在感的把握だ、それが空気だな」

カドミウムの金属棒を見た新聞記者がのけぞって逃げ出した。それを男は「無知」と評したのだが、山本は無知ではなく「典型的な臨在感的把握」と評した。

彼はカドミウム金属棒に、何らかの感情移入を行なっていないから、その背後に何かが臨在するという感じは全く抱かないが、イタイイタイ病を取材してその悲惨な病状を目撃した記者は、その金属棒へ一種の感情移入を行ない、それによって、何かが臨在すると感じただけである。この人は、すべての日本人と同じように、福沢諭吉的伝統の教育を受けたので、諭吉がお札を踏んだように、〝無知〟な新聞記者を教育しその蒙を啓くため、カドミウム金属棒をナメて見せたわけである。ナメて見せることは、たしかに啓蒙的ではあって、のけぞって「ムチ打ち症」にならないためには、親切な処置かも知れぬが、この態度は科学的とはいいがたい。というのは、それをしたところで、次から次へと出てくる何らかの〝金属棒的存在〟すなわち物質への同様の態度は消失しないからである。

ここがどうにも理解できない。そもそも最初の記述と後の記述の辻褄があっていないように見える。最初の記述では記者がのけぞったのはカドミウム金属棒を差し出されたからだ。金属棒をナメて見せたのは、時間軸がはっきりしないが、それから後のことのように見える。ナメて見せたあとの記者の反応はわからない。ところが後の記述では、ナメて見せた後でも「何かが臨在する」と感じているかのように書かれている。


で、確かに記者はイタイタイ病とカドミウムに関係があるという知識があったからこそ、カドミウム金属棒を差し出されてのけぞったわけで、そういう意味では、記者は臨在感的把握をしていたということはできる。しかし、それは「無知」であったということを否定するものではない。そして、記者の行動は正しかったとしか思えない。俺だってそうするし、それが恥ずかしいことだとも思わない。


もし目の前にウンコみたいなものがあったとして、それが本当にウンコかわからないからといって、ナメてみようとは思わない。当たり前の話ではないか。最初にそれを手にとってオモチャだと確かめた人を尊敬はするが、自分はやりたくない。ただし100万円くれるというのならやらないでもない。ウンコを触っても死ぬわけではないから、やるだけの価値があるのならやる。


イタイタイ病を取材しているくせに、カドミウムについて「危険だ」という知識しかなかったことを責めることはできるけれども(追記:ちなみに本当に金属棒をなめても安全なのか調べてみたけどいまだに不明)、それ以上のものではない。そして「物質への同様の態度」は人間が生きていく上で必要なものであり、消失させなければならない理由が見つからない。



ところで、
イタイイタイ病(ウィキペディア)
を見ると、病の原因はカドミウムであることは決定しているようだ。注目すべきは、

カドミウムの毒性については長い間よくわかっておらず、また公害の発生当時、カドミウムイタイイタイ病に特有な症状との関連もはっきりとしていなかったため、神岡鉱山側の対策が遅れ、公害を拡大させることとなった。

という記述だ。これは関連がわかってから行動していては遅いこともあるという実例ではないか。


地球温暖化問題で考えるべきことはまさにこれでしょう。確証がないものを確証があるかのように考えヒステリックになるのは、もちろん問題だけれども、確証がないことを理由に、対抗言論を何か非合理なものであるかのように言い立てるのも間違っていると思いますね。


というわけで、
ようやく春休みになった (内田樹の研究室)
のKENさんのコメントには大いに同意します。
http://blog.tatsuru.com/2008/03/26_1507.php#comment-2491
http://blog.tatsuru.com/2008/03/26_1507.php#comment-2500