硫黄の匂い

御嶽山リポート「硫黄のような臭いが・・・」 東大教授がツッコミ「硫黄は無臭だ」 : J-CASTニュース
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東大教授の主張とそれに肯定的なコメントに対し

「硫黄のにおいががする」に「硫黄は無臭だ」と返した恥ずかしい理系教授
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という批判。見るべきコメントもあるけれど(いつものことだが)全く的外れなコメントもあってカオスな状態に。


さて、俺がJ-CASTの記事を見て最初に思い浮かんだのは、匿名ダイアリーに書いてあるようなこと。以前「風邪」はウィルスによるものなのに、日本人は体が冷えると風邪をひくと信じているみたいな話があって、そもそも「風邪」という言葉はウィルスが発見される以前から存在しており、ウィルスが原因のものだけが「風邪」ではないということを書いたことがある(ちなみに中国ではウィルスが原因の日本で言うところの「風邪」のことは「感冒」と呼ぶ)。


で、「硫黄」についても同様のことが考えられるけれど、どうもよくわからない。


まず「硫黄」という漢字は和製の漢語らしい。中国語では「硫」で硫黄のこと。
硫 - 维基百科,自由的百科全书


では何で日本では「硫黄」なのかといえば、よくわからない。
硫黄(いおう) - 語源由来辞典
「ユアワ(湯泡)」が「イオウ」になったといわれるが、「硫」を日本で「ユ」と読み黄色だから「硫黄」と書いて「イオウ」と読んだともいわれる。


したがって

温泉地特有の匂いを硫黄、ユノアワと読んでた→温泉地のにおいの元は硫化水素

というのは一説にすぎない。というかその一説を歪めている感すらある。なぜならユノアワ(湯泡)」で想像されるものは鉱物であって、温泉地特有の匂いのことではないと思われるから。


続日本紀』には

和銅六年(七一三)五月癸酉(十一)》○癸酉。相摸。常陸。上野。武蔵。下野。五国輸調。元来是布也。自今以後。〓[糸+施の旁]・布並進。又令大倭参河並献雲母。伊勢水銀。相摸石硫黄。白樊石。黄樊石。近江慈石。美濃青樊石。飛騨。若狭並樊石。信濃石硫黄。上野金青。陸奥石英。雲母。石硫黄。出雲黄樊石。讃岐白樊石。

『続日本紀』国史大系版 巻第六
とあり鉱物の硫黄を「石硫黄」と書いている。「硫黄」が鉱物を指すなら「石」は必要ないのではないかと思われ、「雲母」は「雲母」と書いている。だから鉱物としての硫黄以外につても「硫黄」と呼んだ可能性はあるかもしれない(ただし「石硫黄」を砕いたものを「硫黄」と呼んだ可能性の方が高いように思う)。


※ なお古代人だって鉱物としての硫黄が無臭だということは当然知っていただろう。


さて、ここまでは古代の話であって、温泉地特有の匂いのことを表現するのに中世や近世で「硫黄」を使用したのかは、どう調べればいいのかさえわからない


近代のことは「青空文庫」という便利なものがあるので調べると

   (月あかりがこんなにみちにふると
    まへにはよく硫黄のにほひがのぼつたのだが
    いまはその小さな硫黄の粒も
    風や酸素に溶かされてしまつた)

宮沢賢治 『春と修羅』 - 青空文庫

其の辺は一体に田圃や流れのなかからもぷすぷす硫黄くさい烟が立つてゐた。

徳田秋聲 佗しい放浪の旅

部屋にかへつて、手拭をさげて浴室へおりてゆくと懷かしい硫黄の香が鼻を衝いてくる。人によつてはこの硫黄の香をひどく嫌ふ者があるが、私にはそれが何とも云へずなつかしい。

近松秋江 箱根の山々

さっきの賽の河原も、闇に僅かにりんかくが見えるばかしだ。ただ時々硫黄の匂いがする。

板倉勝宣 山と雪の日記

私は、温泉場の浴場の周囲を流れるやうな、生暖い、硫黄の臭気を持つた液体が、この私の居る建物の周囲を流れるやうに感じた。

富永太郎 鳥獣剥製所 一報告書

夜は噴火口は赤くて物凄い、ときどき硫黄の臭いが鼻を螫す。

加藤文太郎 単独行

実際松山の霧は松の香がして火山の霧は硫黄臭い。

寺田寅彦 歳時記新註
等々。


と、ここまで書いてふと思ったのだが、東大教授が突っ込んだのは「硫黄のような臭い」という表現だ。青空文庫にはそのような表現はなく「硫黄の臭い」であり「のような」とは書いてない。


無論東大教授は「硫黄は無臭だ」とツッコミを入れているのではあるが、俺としてはむしろ「のような」って何だよ?って気になってしまうのであった。


※ なお別件でアイスランド最高裁判所がエルフの存在を認めたいうニュース(もちろん本当にエルフがいるんだと認めたわけではない。ただし訴えた方は信じているそうだ)関連で英文記事見てたら
Elf lobby blocks Iceland road project | World news | theguardian.com
「smell of sulphur」って書いてあった。もしかしたら「硫黄の匂い」という表現は欧米由来なのかも。


(追記12:10)
ところでこの東大教授は

中高の教科書に、硫化水素は腐った卵の臭いと出ているが、ゆで卵の臭いとすべきと以前から思っている。隗より始めよ、某出版社の会議で提案してみるかな。

https://twitter.com/hirokagi/status/516153837703282688
とも主張している。


なおWikipedia英語版の「Hydrogen sulfide」には「rotten eggs」の文字あり。
Hydrogen sulfide - Wikipedia, the free encyclopedia
"hydrogen sulfide"  "rotten eggs"
これも欧米由来の可能性あり。