男谷精一郎の父親について(その2)

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(その1)では男谷精一郎(信友)の父を男谷忠之丞とするものを中心にした。次は男谷信連系を中心に。

 

幕府の士男谷信連の一子

(『大日本剣客伝 乾之巻』青柳武明 昭和8)

 

男谷信友は男谷信連の子で

(『維新百話 : 山海余滴い之巻 随筆』西村圭石 昭和15)

 

文化七年正月に生る。父は幕臣男谷信連(鳩斎)文政十二年従兄男谷彦四郎思孝(燕斎)の養子となる。

(『大百科事典 第三卷』平凡社 昭和18)

※(その1)に引用したが参考までに

男谷忠之丞の長子。文化七年元旦に生る。男谷忠之丞の長子。二十歳の時小十人頭男谷彦四郎燕斎の養子となる。

(『大百科事典 第4巻 第1冊』 平凡社 昭11至14)

 

文化七年正月元旦、幕臣男谷信連の嫡男として生まれた人で、

(『劍道の名人達人 : 少年讀物』中正男 1944)

 

男谷信連の長男

(『幕末維新人名事典』1978)

 

男谷信友は通称精一郎で、精斎はその号である。寛政十年男谷信連の子として生れ、

(『剣聖島田虎之助伝 : 君子之剣 総合完結編』島田梅仙 1982)

 

とりあえず言いたいのは、男谷信連系では「幕臣」と書いてるものが多い。だが男谷信連は幕臣では無く水戸徳川家の家臣

 

(つづく)

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