日本人は騙されやすいのか

例えば納豆騒動で日本人の「集団主義」について、斜め上の批評をしているウチダ先生。先生の書いた本を枕の下に置いて寝るとダイエット効果があると、どこかのテレビ番組が宣伝したとする。もちろん、そんなバカな話はないわけで、ほとんどの人は信用しない。だけど、もしかしたら、全体から見たら極少数だけど信じちゃう人がいるかもしれない。そしたらどうなるだろう?


人口10万人の市があるとして、市内の本屋に先生の本は何冊くらい置いてあるだろうか?100冊く
らい?よくわからんけど仮に100冊としておこう。で、人口10万の内、100人が信じて、本屋を探し回って買ってしまえば、先生の本は品切れになる。たまたまその日、先生の本を読みたくて買おうと本屋に寄った人は、品切れで買えない。これをもって「日本人は集団主義」と言えるだろうか?10万分の100、千人に一人しか騙されなかったのに…


納豆の場合、そこまで極端ではないが、それでも日本人全体の中では一部の人が、ブームに乗せられたにすぎないのではないか。先週、実際にスーパーで観察したが、主力の安い納豆、3個約100円は未入荷で置き場は空っぽ。その代わり、お値段多少高め3個約150円のが、棚の上部に陳列してあったので、全くなかったわけではないのだが、客のほとんどはスルー。ただ一人のおばちゃんだけが、それをカゴの中に目いっぱい入れていた。しばらく観察していて、客は100人以上いたと思うがそれだけ。50円とダイエット効果を量りにかけて50円が勝った模様。これがどこでもそうだとは言い切れないけど。


前にも書いたけど、通常、納豆がどれだけ売れるのか、ある程度予測可能。メーカーは予測に従い生産し、スーパーは予測に従い仕入れる。余ったら損失になるのだから当り前。納豆は一日で売り切る商品じゃないから、ある程度の余裕を持たせることができるが、突発的に需要が伸びればあっという間に売り切れる。増産するといっても限度があるし、ブームが去れば今度は大量に余るリスクがある。スーパーは、品余りリスクよりも品切れリスクを恐れて一斉に大量発注するから、品不足は加速化する(後述)。それにマスコミで納豆の話題が頻繁に出てくれば、ダイエットと関係なく食べたくなる人もいるだろう。あるいはあるうちに買っとかなきゃとまとめ買いした人もいるだろう。結局、本当に信じて買った人は日本人全体の何割くらいいるのだろう?どのくらいいれば日本人は「集団主義」とか「信じやすい」と言うことができるのだろう?


あるある大事典」や「はなまるマーケット」で紹介されると、売り上げが伸びるというのは、すでに経験則として知られている。もし事前に情報がなく、何も対処しなかったら、品切れする可能性は非常に高く、常連客は迷惑する。スーパーにとって「品切れ」とは、その商品を買ってもらえず、利益を得るチャンスを失うというだけでなく、欲しいものがいつでも置いてあるという顧客の信頼を失うとことになる。一部で言われている、あらかじめ情報が漏れていたということについて、それが事実だとして、納豆の売り上げで儲けるためという意図も、あったかもしれないが、それと同時に、品切れになることはなんとしても避けたいという意図があった可能性もある。特に、納豆、豆腐、もやし、タマゴ等が品切れすることは店にとって問題。スーパーの本当の利益は、そういう商品目当てで来た客に、もっと他の商品を買ってもらうことではなかろうか。要するに客寄せ。それが品切れして失った信頼は、納豆1パック約100円が、1000個余計に売れたとして、売り上げ、10万円(実利数万円くらいか)と比べてあまりにも大きいと思う。


というわけで、ブログ界陰謀論的批判や日本人論を見ていると、どうも納得できない。


ちなみに、陰謀論的に言えば、日本人は騙されやすい。というか人間は騙されやすい。スーパーで働いている人はバイトも含めて知っていることだと思うけど、商品をどこに陳列するかで、売り上げは大きく違ってくる。今日はこの商品を重点的に売りたいと思えば、一番良い場所にその商品を大量に置く。すると、売り上げが伸びる。店の戦略に乗せられているとも知らず、自分の意志でこれを買ったんだと思っている人も多いのではないだろうか。まあ、騙されたというのは言い過ぎで、カレーや中華や鍋の食材を重点的に陳列するとかは、献立に悩む人にとっては、むしろ助かるかも。