ニセ科学批判とニセ科学批判批判

はてなブックマークをチェックしていると、最近なんか盛り上がっていたらしい。そういう方面に興味はあるのだけれど、いざウォッチしようとなると、一つのエントリーで完結していなくて、過去ログ読んだり、リンク先の記事読んだり、コメント欄読んだりしないと、全体像が良くわからないので、あまり突っ込んだことは言えない。


ところで、そもそも「ニセ科学」とは何ぞやという点について。


ニセ科学」でグーグル検索すると、
「ニセ科学」入門

がヒットする。


それによるとニセ科学とは「見かけは科学のようでも、実は科学ではないもの」のことであるらしい。「ニセ科学」というと真っ先に論じられる「水からの伝言」について言えば、科学を装ってはいるが、これは科学ではないということだろう。


『「ニセ科学」入門』には、

 一方、「ニセ科学」という言葉で超能力やオカルト、心霊現象、あるいは星占いのたぐいを思い起こす向きもあろう。この中で超能力(テレパシーや予知、念力など)については「超心理学」という学問分野まで存在するので「ニセ科学」と呼べるだろうが、オカルト・心霊などはそもそも 「科学的」な外観を持たないので、ニセ科学とは呼ばない。オカルト信者自身、オカルトを「科学」とは考えていないだろう。

と書いてある。もちろん、オカルト・心霊を科学的視点で批判することは可能だが、ここでの問題はそういうことではなく、問題は「科学」を装っているものが実際に、「科学であるのか科学でないのか」ということに尽き、それ以上でも以下でもない(はず…「ニセ科学」批判者の皆が皆そうかというと自信なし)。


で、論争は本来、科学であると主張する人と、科学ではないと主張する人との間の対立になるはずだと思われるが、なぜかそれとは別の対立軸があるようで、それが問題を複雑にしている模様。で、その別の対立軸とは、「科学が唯一絶対的な正しい真理である」という考えに対する反感からくるものなのだろうと思われる。ところが、本来そんなことは議題になっていなかった(はず)。だから「ニセ科学批判者」はそれをこの手の「ニセ科学批判批判」を批判するのだろう。


(ただ、上手く説明できないけれど、コメント欄を含む、その手の「ニセ科学批判批判」批判にも、嫌な感じがするというか、ちょっと生理的に受け付けないところがあるというのも正直な感想)