信長はなぜ三郎なのか(その5)

☆信長の蛇退治(1)


伊吹弥三郎が蛇だということについて既に書いた。弥三郎は、壱岐三郎こと佐々木頼綱に退治された(と伝説ではなっている)。


ところで『信長公記』に、信長の蛇退治の記事がある。『信長公記』(角川ソフィア文庫)より引用。

一、爰に希異の事あり。尾州国中、清洲より五十町東、佐々蔵人佐居城比良の城の東、北・南ヘ長き大堤これある内、西にあまが池とて、おそろしき虵池と申し伝へたるいけあり。叉、堤より外東は三十町計り、へいへいとしたる葭原なり。
正月中旬、安食村福徳の郷、又左衛門と申す者、雨の降りたる暮かたに、堤を罷り通り侯処、ふとさは一かひ程もあるべき黒き物、同躰は堤に侯て、首は堤をこし侯て、漸くあまが池へ望み侯。人音を聞て、首を上げ侯。つらは鹿のつらの如くなり。眼は星のごとく光りかゝやく。舌を出したるは紅の如くにて、手をひらきたる如くなり。眼と舌との光りたる、是れを見て身の毛よだち、おそろしさのまゝ、あとへ迯去り侯キ。比良より大野木へまいり侯て、宿へ罷帰り、此由、人に語る程に、隠れなく上総介殿聞召し及ばれ、


佐々蔵人佐とは佐々成政のこと(異説アリ)。成政もまた金属臭がすると俺は個人的に考えているけれど長くなるので略。「福徳」の「福」も金属地名ではないかと多少気になる。


「眼は星のごとく光りかゝやく。舌を出したるは紅の如くにて、手をひらきたる如くなり」
これは、ホオズキのように真っ赤な目を持ったヤマタノオロチを連想させる。


「比良より大野木へまいり侯て」
「比良」という地名は、比良明神(ヤチマタの神の猿田彦)を連想させる。猿田彦の目もホオズキのように赤く照り輝いていると『日本書紀』にある。
※(猿田彦は天狗と同一視されるが、天狗は団扇を持ち風神的性格を持っている)


そして何より注目すべきは「大野木」名古屋市西区山田町大野木)だ。酒呑童子(伊吹童子)は伊吹の弥三郎と大野木殿の娘との間に出来た子であることは既に書いた。大野木とは「大ノギ」すなわち「大蛇」と佐竹昭広氏が推測していることも書いた。なんという「偶然の一致」だろう(山田町も「ヤマダ」が「ヤマタ」と通じているのかもしれない)。


(つづく)


※ちなみに柴田勝家の娘で原田直政室の「大野木殿」という女性がいるのも気になるが未調査