「正史」(その2)

本郷氏と会話していた木村幹(神戸大学大学院国際協力研究科教授)のツイートより。

Kan Kimura ‏@kankimura 6月15日

その3。変わって朝鮮史関係。かの高宗実録・純宗実録は日本統治期に編集されたこともあり、韓国内では「正式な実録」と看做されない事が多い。が、ならばどうして現在の韓国政府は自らと大韓帝国の正統性の連続性を証明する為にも、自ら新しい実録を編纂しないのだろうか。

https://twitter.com/kankimura/status/345896911393402880

この手のことは全く無知なので調べて見た。

最後の二巻『高宗実録』と『純宗実録』は日本統治時代の1934年(昭和9年)に編集され、朝鮮総督府の影響下にあったとされる李王職により編纂された。このため韓国では、朝鮮王朝実録の編纂規例に合わない、日本人の見解に沿った記述が多過ぎるとして実録に含めない見解があり、その場合『朝鮮王朝実録』は哲宗まで25代472年間の1893巻888冊となる。この二巻は大韓民国指定国宝や世界の記憶からも外されている。

李朝実録 - Wikipedia
だそうだ。なぜ韓国政府が新しい実録を編纂しないのかは、然るべき人に聞けばおそらくわかると思われる。しかし俺には無理。想像してみるしかない。


一つには今の韓国は王朝では無いので、それをする義務がないということ。とはいえ国が南北に分断されている現状で「自らと大韓帝国の正統性の連続性を証明する為」にそれをする意義は十分にあると思われる。しかし、それをすれば北朝鮮が抗議するであろうことが当然予想される。対立を避けるためにやらないという可能性はありそうだ(なおこの件は北朝鮮にも言えることだと思われるけれどその辺どうなっているのかは知らない)。

Kan Kimura ‏@kankimura 6月15日

その4。朝鮮史関係続き。元来「実録」は「正史」を編纂する為のものだった。だから本来は、朝鮮王朝/大韓帝国の滅亡後、「朝鮮王朝/大韓帝国史」が編纂される筈のものだった。事実、同じ論理を有する中国では今でも「清史」を編纂する努力が続いている。どうして韓国は同じ事をしないのだろうか。

https://twitter.com/kankimura/status/345897600261701632

朝鮮史(ちょうせんし)は、日本の朝鮮総督府が編纂した古代から1894年までの朝鮮半島の歴史書。全37巻。

朝鮮史 (歴史書) - Wikipedia
朝鮮史」の最後の王は李太王(高宗 第26代朝鮮国王/初代大韓帝国皇帝)。

1910年(明治43年)8月の日韓併合にともない、徳寿宮李太王の称号を受ける。

高宗 (朝鮮王) - Wikipedia
これが「朝鮮王朝/大韓帝国の滅亡」であり、「朝鮮王朝/大韓帝国史」が編纂されたということだろう。もちろん日本支配下において作られた歴史書を韓国が認めるはずもなかろう。ではなぜ新たに作らないのかといえば、やはり北朝鮮との対立の火種を作りたくないということがあるのではなかろうか?


(なお黒板勝美等が関わった「朝鮮史」が王朝の滅亡を区切りにしているのは、本郷氏の大先輩がそれをちゃんと意識していた証拠であろう)


なお、韓国には「国史編纂委員会」という組織がある。
国史編纂委員会 - Wikipedia
検索すると『大韓民国史』の刊行を計画していたが今年白紙になったという。『大韓民国史』であるからして、大韓民国臨時政府以降の歴史ということになる。韓国は滅亡していないにも関わらず、それを作ろうとしていたというのは、正史の決まりごとなど現代においては関係ないということだろうか?それともこれは正史ではなく歴史書だということだろうか?
盧泰愚(ノ・テウ)政権刊行白紙化というニュース - 大塚愛と死の哲学
に引用されている記事によると1988年盧泰愚(ノ・テウ)政権時代にも『大韓民国史』が刊行されているという。


Kan Kimura ‏@kankimura 6月15日

註2:実録と正史の違いがわからない人が多いと思います。基本的に「実録」は国王の治世を編年体で記した公的記録。「正史」は王朝全体の公的な記録、です。例えば、明治以降の日本には「実録」はあっても、「正史」はありません。何故なら「王朝交代」がないからです。

https://twitter.com/kankimura/status/345899806511734786
ここで素朴な疑問。「国王」とあるけれど、中国のトップは当然「皇帝」だ。「国王」の歴史書も「正史」と言うのだろうか?朝鮮は冊封国であり国王はいても皇帝は中国の皇帝であり元号も中国のものを使用していた(李朝後期は事情が変わってくるけれど)。中国の「正史」には「東夷伝」が含まれているわけで、朝鮮の歴史は(日本の歴史もだが)そこに含まれているということになるのではなかろうか?


そう考えると朝鮮に(「正史」風のものがあっても)「正史」なるものがありえるのだろうかという疑問が沸いてくる。一方日本は「天皇」であり、ベトナムは対外的には「国王」だったが国内では「皇帝」であった。
太上皇 - Wikipedia
従って日本において(国内的に)「正史」が成立することは論理的には可能だろう(もちろん王朝交替がないので作られないわけだが)。


そのあたりは考慮に入れないで良いのだろうか?


(つづくかも)