天下へ上洛(その2)

上杉謙信の願文にある「天下へ上洛せしめ」の「天下」とは足利義昭のことであって、池上裕子氏が主張する「京都」のことではない。大体「京都へ上洛する」って「頭痛が痛い」みたいな言い方おかしいでしょう。深く考えすぎて基本的なことを見落としているのではないか?というのが前回のあらすじ。
天下へ上洛 - 国家鮟鱇


さて、この願文の詳細がネット上にあった。

晴信を退治し、氏康と輝虎で無事に和睦し、留守中の分国を心配せずに、天下へ上洛せしめ、筋目を守り、諸士と談合し、三好・松永の首を刎ね、京都公方様と鎌倉公方の両公方様を取立て申す

https://twitter.com/twinkle_tiger/status/175325376090865665


池上氏の本では後半部分が省略されているが、実はこの部分が非常に重要だと思われる。


「京都公方様と鎌倉公方の両公方様を取立て申す」とはどういう意味か?


この部分、『人物叢書 足利義昭』(奥野高広)では次のように紹介されている。

 輝虎は武田信玄を討伐して、北条氏と和約してのち、京都に上り、三好・松永らの首をはねて、京都の公方と鎌倉(古河(こが))公方をとりたてたいと五月九日付で、神仏に祈願している

まず、「京都に上り」は「上洛」で足りるから「天下」の意味の深追いはしていないのだろう。また「上洛」とは輝虎(謙信)が上洛するという意味で理解されているように思う。しかし俺が思うに「上洛」するのは「天下」すなわち足利義昭である。もちろん謙信も随行することになるだろうから、謙信も上洛するに違いないが、願文にある「上洛」とは「義昭の上洛」のことだ。


次に「両公方様を取立て申す」だが「とりたてたい」とそのまんまで解説がない。


では、そもそも「取立て」とはどういう意味なのか?

1 特に目をかけて登用すること。抜擢(ばってき)。「社長の―で出世する」
2 強制的に取ること。催促して徴収すること。「借金の―にあう」
3 取って間がないこと。また、そのもの。「―のトマト」

とりたて【取(り)立て】の意味 - 国語辞書 - goo辞書


これは当然1の「登用する」の意味であろう。つまり足利義昭征夷大将軍にするという意味に違いない。


しかし「登用」は上の者が下の者にするのではないかという疑問はなくもない。だが、上の願文に「筋目を守り、諸士と談合し」とあるように、謙信の独断で将軍を誰にするか決めるのではなく「諸士と談合し」て決めるのだから、「登用」であり「取立て申す」で問題ないと思われる。


この前取り上げた「下克上」のウィキペディアの説明においても

中世の武家社会において、主君は家臣にとって必ずしも絶対的な存在ではなく、主君と家臣団は相互に依存・協力しあう運命共同体であった。そのため、家臣団の意向を無視する主君は、しばしば家臣団の衆議によって廃立され、時には家臣団の有力者が衆議に基づいて新たな主君となることもあった。

下克上 - Wikipedia
とあるではないか。



さて、「取立て申す」の意味が「足利義昭征夷大将軍にする」であるのはいいとして、ここに一つの問題がある。それは鎌倉公方だ。これが実に日本の歴史における重要な問題を含んでいると思われるのである。


(長くなったのでつづく)