八紘一宇(その2)

で、三原議員の発言はさすがに非常識にも程があるので、簡単に批判できるし、なされてもいるんで、俺は書かない。ここからは、この件とは無関係に「八紘一宇」という言葉の話。

八紘一宇(はっこういちう)とは、『日本書紀』巻第三神武天皇の条にある「掩八紘而爲宇」の文言を戦前の大正期に日蓮主義者の田中智學が国体研究に際して初めて使用し、縮約した語。八紘為宇ともいう。大意は「道義的に天下を一つの家のようにする」という意味である。

八紘一宇 - Wikipedia


このブログで既に何度か書いたことだが(ただし学界にこんな主張があるのかは知らない)、「日本神話」というのは「日本の神話」であり、『日本書紀』も『古事記』もそのように書かれている。しかしながら神話の本来の姿は「日本の神話」ではなくて「この世界の成り立ち」を語る物語であったはずである。


すなわち、イザナキ・イザナミの二神は、国生みをして日本の国土を作ったとされているけれども、本来は地上の土地の全てを生んだという話であったはずだ。しかしながら、そういう神話があった時代の人々が現実に知っている土地は、極めて狭い範囲のものであったであろう。当たり前のことだがアメリカ大陸やオーストラリア大陸の存在を知らなかったに違いないし、それどころか北海道のこともよく知らなかったはずだし、さらにいえば後に大和朝廷によって日本とされた地域ですら全容を把握していなかっただろう。全ての土地を生んだといっても、具体的にどことどこを生んだというようなものではなく漠然としたものだったに違いない。


それがやがて発展して、現在の日本神話として完成し、そこでは神は大八島(すなわち日本)を生んだということになった。するとそれ以外の土地、すなわち当時の人々でも知っている中国やインドはどうして生まれたのかという問題が発生するわけで、そこのところを当時の人々がどう考えたのか興味あるんだけれど、俺は無知だから知らない。とにかく『日本書紀』にしろ『古事記』にしろ「日本の成り立ち」を書いたものだから、それに言及する必要がないのであり、また「神話として伝わっていないのだからわからないとしかいいようがない」と考えたのかもしれない。


これは日本神話に限ったことではなくて、琉球の神話もそうだろうし、イヌイットの神話や、アメリカ原住民の神話なども、本来は世界の成り立ちを語ったものであったのが、やがて限定された地域の神話ということになっていったのだろうと思う。


それと対照的なのがアブラハムの宗教(ユダヤ教キリスト教イスラム教)で、宗教の原型が出来た頃には、もちろん南北アメリカ大陸やオーストラリア大陸の存在は知らなかったはずである。しかし、こちらはそれらの土地も自分達の神が創造したという方向に発展していったのである。



で、既に書いたように「日本神話」は日本という土地に限定された神話として、少なくとも『日本書紀』『古事記』以来長らく伝承されてきたわけである。すなわち、

六合を兼ねて以て都を開き、八紘を掩いて宇と為さん事、亦可からずや。

とは天皇が日本を統治する」という意味だと解釈されるのである。


しかしながら「六合」とは

天地と四方。上下四方。また、天下。世界。全宇宙。六極(りっきょく)。

りくごう【六合】の意味 - 国語辞書 - goo辞書
という意味であり、「八紘」とは

「8つの方位」「天地を結ぶ8本の綱」を意味する語

八紘一宇 - Wikipedia
という意味である。すなわち、字面だけを見れば天皇が全世界を支配するという意味になる


なんで、こんなことになっているかといえば、元々は、字面通り「全世界を支配する」という意味だったからだろう(もちろん神武天皇(イワレヒコ)は実在せず史実ではない)。その時点では支配する領域は全世界であっても漠然としたものであったのが、やがて具体化はするけれども限定された「日本」という地域を支配するということになっていったのであろう。


と俺は考えているのだけれど、既に書いたように、そういう学説があるのかは知らない。少なくとも俺は見たことがない。