結婚という通過儀礼

「入籍」と「結婚」の違いについて…言葉研究 - 見えない道場本舗


これについては前に書いた
同性結婚と正義を考える(サンデル教授の講義から) - 国家鮟鱇
同性結婚と正義を考える(サンデル教授の講義から)その2 - 国家鮟鱇
同性結婚と正義を考える(サンデル教授の講義から)その3 - 国家鮟鱇


なぜ同棲するだけでは満足しないで結婚を求めるのか?親兄弟や親戚知人の承認を得たいからなのか?社会の承認を得たいからなのか?国家権力の承認を得たいからなのか?今の日本では公的権力が結婚を認めること、つまり婚姻届が正式に受理されることによって夫婦になったと認められたと一般に考えられている。個人主義の時代だから親が反対していてもそれで夫婦ということになる。しかしこれは現在はそう考えられているというだけで絶対的なものではない。過去の日本においては大名家とかは別にして公権力の承認など必要なかった(と思う)。重要なのは親・親族・所属する共同体の承認だったであろう。神仏が関与するといっても宗教上認められない結婚みたいな話は聞いたことがない。


将来も公的権力の承認が結婚の「通過儀礼」として重視されるとは限らない。日本では本来、婚姻届を提出するのは、結婚するために必要なものというよりも国家が国民を管理するためのものであろう。結婚すれば結婚祝い金が貰える制度などもあるらしいけど、それよりも徴税、かつては徴兵のためのものであり、徴兵は戸主は免除されるなどメリットといえばメリットだけど、それは本来徴兵されるべきものが免除されるという意味でのメリットである。


ところが欧米では事情が違う。ロミオとジュリエットのように親族の承認も大事だったには違いないけれど、教会の承認による「神聖な結婚」が重要だったのだ。それを変えたのがルターだった。といっても「神聖な結婚」が廃止されたわけではなく、承認する権限が教会から国家に移動したということだ。ゆえにアメリカでは国家が結婚を承認することは「法的な賞賛」だとする見解すらある。日本では婚姻届けを事務的に受理してくれればいいんであって、法的に賞賛されたいと思ってる人はあまりいないだろう。


※ なおこういう経緯を考えれば欧米といってもカトリックが多い国とプロテスタントが多い国では結婚と国家の関係について違いがあるのではないかと推測されるけれど、詳細はわからない。上の記事ではフランス(統計上カトリックが70%とされている)のライシテへの言及がある。宗教改革の影響はカトリックにも及んでいただろう。