『真書太閤記』の類話(その2)

『真書太閤記』の類話(その1)の続き。


○出生後の反応


『真書太閤記』(父が近隣の悪口からかばう)

月の延しには似ず尋常の小児とは違い、甚だ小さく猿の如く成りしかば、隣家の輩らその名を猿之助とぞ唱えける。尤も生れ出た当座は何れの子も色赤は常なれども、此日吉丸は年月を経ても変る事無き故、猿、猿とぞ呼びにける。弥助是を聞くといえども、少しも心に懸けず。猿は山王の召し遣う所にして健康なる者なり。此子無事に成長すべき瑞相なりと、親の口よりも折に触れては猿之助と呼び戯れしかば、智恵付くに随い吾名と心得、点頭笑いし程に、何時と無く猿之助とはなりにける。

『弁慶物語』(母が父から守る)

弁しんこれを見て、あさましの事共や、価わぬ望みを申すにより、鬼子を授け給う、悲しやとて、腰の刀を抜き出し、既に害せんとし給へば、母の慈悲の有り難さよ、弁しんの袖にすがり、しばらく待たせ給えとよ、老子は70年が間、母の胎内に宿り、鬢髭白くなりて生まれさせ給うと承りて候へば、これも三年の春秋を胎内にて送りたる事なれば、物を言うこそ道理なれ、六種四生のその中に、いかなる人なれば我等が腹に宿るらん、たまたま人間界に産まれたるものを、月日の影だに拝ませずして、剣の先にかけ、修羅道へ落さん事こそ不憫なれ、如何様に若一王子より給わりたる子なれば、用こそ有るらんと思ゆるに、御心に価わずは、運に任せ野山にも捨て給うべし、善悪をば神慮に任せて御覧ぜよとの給えば、弁しんげにもと思い、さらばともかくも計らえとて、一日だにも養育せず、深き山へぞ捨てられけるが、さすが恩愛の悲しさは孤狼野干も伏しけん。


(続く)