倭国・邪馬台国・女王国(その7)

『改訂新版 卑弥呼誕生』(遠山美都男 講談社現代新書 2011)はどうやら「卑弥呼倭国王ではない」ということを主張している本のようだ。俺は「邪馬台国研究」の現状を知りたかったので、そういう意味では俺が求めているものではなかった。ただ、俺が知らなかった現在主流の説の根拠が紹介されていたりするので、全く無駄というわけでもない。


「女王国」=「邪馬台国」のところで早くも先に進めなくなってしまったことは書いたが、そのストレスは昨日記事を書いたことで少し発散した。さらにこれについて考察するべきかもしれないけれど、一応止めといて先を読んでみた。


そこには「卑弥呼倭国王ではない」ことの根拠が書かれている(まだ最後まで読んでいないがそのはず)。

この点はひじょうに不思議なことで、いわゆる卑弥呼の擁立によって、かつて極めてスムーズに内乱(第一次倭国大乱)が終息したのだから、その「歴史の教訓」を忘れていなければ、あえて男王を選択しなくてもよさそうなものである。(中略)要するに、この時期の日本列島では、「倭国王には男子を!」、あるいは「倭国王は女子ではなく男子でなければならない」という根強い要求があったことが窺い知れるのである。(p82)

遠山氏は「倭人伝」には邪馬台国に「女王」がいたことが記されているが、どうもそれが誤解あるいは偏見による記述だと言いたいらしい(最後まで読んでないので確定ではない)。


で、ここでまた先に進めなくなる。「倭国王には男子を!」というのはおそらくその通りだろう。しかし女子は絶対にだめなのかというと、そうとは限らない。


特に考えなければならないのは卑弥呼と台与(壱与)が「女王」になった経緯である。どちらも国内が乱れている時に女王になっていて、その後に国が治まっている。この点を無視するわけにはいかないのではないか?ところが全222ページのうち120ページまで読んだのだがその点が全く出てこない。というわけでまたストレスが溜まり始めている。この後に書いてあるのだろうか?


だが、121ページから始まる【第五章】は「女王国」と「女国」のことに触れており、これは昨日書いたことに大いに関係する。というわけでまた元の問題に戻る。