2007年に発見された『百鬼ノ図』日文研(国際日本文化研究センター)蔵。『百鬼夜行絵巻の謎』(小松和彦)に載る。
- 作者: 小松和彦
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2008/12/16
- メディア: 新書
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小松氏は絵巻を見たとき「長大な黒雲とその黒雲が描き出すシルエット」を驚くべき光景として注目している。確かにそれは見る人に衝撃を与えるけれど、俺が注目したのは別のこと。それは、
このように、後方を指さしている妖怪・後方を振り返る妖怪がたくさん描かれていること。そして列の前方には
このように、後方を振り返る妖怪と前方を見て驚いたような顔をしている妖怪が一対になって描かれている。では前方に何があるかといえば
このように「長大な黒雲とその黒雲が描き出すシルエット」とそれから逃れようとする妖怪が描かれている。『百鬼夜行絵巻』(真珠庵本)では赤くて丸い物体に相当する。つまり、この『百鬼ノ図』でも前方に妖怪どもが恐れるものがあると同時に、後方にも何か妖怪どもが恐れるものがあるのだと解釈できる。
で、後方に何があるのかといえば、絵巻の最初には
の2体が確認できる。彼らは後ろを指さしてもいないし、振り返ってもいない。この2体について『百鬼夜行絵巻の謎』では
まず飛び出してきたのは、天狗を思わせる鳥の妖怪。たすきをはためかせ、両手にもった骨から火炎を放ちながら走っている。この先に何が起こっているのだろうか。
烏帽子を被った天狗のような顔をした妖怪が、矛を肩に担いで、すごい勢いで走る。露払い役のようだ。
と解説する。これは彼らを妖怪の仲間だと考えているということだろう。
しかし、昨日書いたように、そうではなくて彼らは妖怪の敵なのではないだろうか?特に下の画像は真珠庵本の彼に似ている。
では、上の鳥のようなのは何者であろうか?と考えて真っ先に思い浮かぶのは迦楼羅(カルラ)。
仏典にみえる想像上の大鳥。金色で鷲わしに似ていて、口から火を吐き、竜を取って食うとされる。仏教を守護する天竜八部衆の一。密教では、衆生を救うために梵天が化した姿とする。がるら。
⇒迦楼羅(カルラ)とは - コトバンク大辞林 第三版の解説
はちぶ‐しゅう【八部衆】
仏法を守護する八体一組の仏の眷属(けんぞく)。天・竜・夜叉(やしゃ)・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩睺羅伽(まごらか)。天竜八部衆。
⇒八部衆(はちぶしゅう)とは - コトバンクデジタル大辞泉の解説
ただし一般に日本でカルラは鳥頭人身で表現されるのが一般的。じゃあやっぱり違うのかと言えばそうでもない。
形相種々アレドモ上部ハ人身ニ臂翅ト嘴トアリ下部ハ鳥型ニシテ羽毛アルヲ普通トス而シテ圖彙ニハ笛ヲ吹ク相ヲ掲ケアリ是ハ兩手ニ蛇ノ首尾ヲ捉ヘテ胴中ヲ啣ヘ居ル西蔵式ヨリ變ジタルモノナルベシ
『仏菩薩一斑』(泡沫道人)国立国会図書館デジタルコレクション
とあり、「カルラの姿には色々あるけれど上半身は人身で羽と嘴があり、下半身は鳥型で羽毛があるのを普通とする。図集には笛を吹く姿を掲げるものがあるが、これは両手に蛇の首と尾を捕らえて胴を咥えているチベット式から転じたものである」という意味。で
の画像を見れば両手に「骨」のようなものを持っている。これが本来は蛇の首と尾だった可能性は十分あるのではなかろうか?「たすき」も元は蛇の体だったかもしれない。
⇒「Garuda Tibet」の画像検索
この推理が正しいとすれば、日文研蔵の『百鬼ノ図』も『百鬼夜行絵巻』真珠庵本もく妖怪どもは左右(前後)両サイドから攻撃されて追い詰められている絵だということになるのではないか。
※ ただし『百鬼ノ図』の場合、黒雲は仏教側というよりも魔の側を連想させ、最初に出てくる鳥も本来はカルラだったかもしれないが、「東博異本」によれば同じ姿のものが「魔縁」とされており、そのように解釈すれば、妖怪どもを襲ってるのは魔であり、具体的には第六天魔王になるのかもしれない。ただその場合はなぜ魔が妖怪を襲うのか全く理解不能だけど。