2015-12-18から1日間の記事一覧

楽市楽座令は信長が初めてではないという件について

これについては既に書いた。そんなことは近年わかったことではなく戦前からわかっていたことだ。1549年に近江六角氏が石寺新市に出した楽市令のことは小野均という学者が1928年に考察しているという(『信長の政略』谷口克広) そんな前から知られていること…

楽市楽座とは何だったのか?(その2)

考えれば考えるほど謎が深まる。 信長の「楽市楽座」令が「革命」とか「革新」とされる場合の「革命・革新」とはどういう意味かといえば、中世から近世へ移行させる役割を果たしたってことですよね?違うのだろうか? で、中世とは何かといえば、俺の考えで…

楽市楽座とは何だったのか?(その1)

楽市楽座とは何だったのか?何だったのかというのは、従来の見解が見直されているという中で、従来の見解とはどういったもので、現在の見解はどういったものか?そしてこれが「中世から近世へ」という時代の変化の中でどうい意味を持っていると考えられるの…

唯物史観という擬似科学

唯物史観は「科学」であると考えられてきた。しかし今から見れば疑似科学そのものであろう。いや「今から見れば」と書いたけれど、マルクス主義全盛期の学者はおかしいと思わなかったのだろか? 唯物史観が「科学」だというのは、近代になって科学が発達し、…