中国大返し(その7)

中国大返し(その6)の続き。


豊臣秀吉織田信長の死を毛利方に伝えた」ということについて、歴史学者や歴史マニアはどう考えているのだろうか?多くの場合それについての言及さえされていないので想像するしかない。


「そんな話は信じられない。戦国の世は権謀術数が渦巻く世界であり、フェアプレイの精神が重視されるスポーツではない。食うか食われるかの世界で相手の同情に期待するなんて奇麗事があったなんて話を信じるなんて実にお目出度い。そんな話は秀吉の行為を正当化するためか、話を面白おかしくするために作られたものである」


およそこんなところではないだろうか。


ところが、こういう考えは大きな落とし穴に嵌っているのだ。


冷静に考えてみれば、「秀吉が信長の死を伝えなかった」というのと、「信長の死を伝えた」というのと、どちらが荒唐無稽な話かといえば、それは「伝えなかった」の方が荒唐無稽なのだ。


それなのに、「伝えた」という方が荒唐無稽であるかのように考えられているのは、「浪花節」だ何だといった余計なものによって惑わされているからだ。


(つづく)