基本的には麻生氏が悪いということでしょう。もっと他に聞く人が正しく理解できる言い方があった。これは間違いない。
しかし一度聞いただけで誤解するのは仕方ないとして、これだけ騒動になって、発言要旨や詳細が出てきても、なお理解されていない。
なぜこんな事態になっているのか?
俺が思うに、それは日本を覆う「空気」のせいだ。
例えば「憲法改正」「冷静に」という二つの単語があると、人は「憲法改正を成立させるためには冷静に議論することが必要だ」という文章を即座に連想する。全部を読まなくても二つの単語さえあれば、既に何を言っているのかを「理解」する。
しかし、麻生氏が言っているのはそういうことではない。講演で一貫して主張されているのは「どんなに良い憲法であっても運用によって悪いことになってしまう可能性がある」ということだ。
すなわち「憲法改正のため(憲法改正法案が国会を通過し国民投票で支持されて成立するため)」に「冷静」が必要なのではなくて、「憲法改正で成立する良い憲法(麻生氏および講演会の聴衆の多くがそう考えている)が、ヒトラーのような人物に利用されないためには、憲法改正論議で冷静な世論がなければならない」と言っているのだ。
発言の詳細を無心に読めばそう言っているとしか理解できない。ところが多くの人がそう理解しないで「憲法改正を成立させるためには冷静に議論することが必要だ」と理解しているのだ。
驚くべきことに、麻生氏本人までが、
私は、憲法改正については、落ち着いて議論することが極めて重要であると考えている。
と弁明している。「憲法改正については」は「憲法を成立させるためには」ではなく「憲法改正後にも変質せずに良い憲法であり続けるためには、憲法改正の審議をしている時点において」と理解することができるが、「議論」については、麻生氏は講演会でそんなことは言っていない。麻生氏が言ったのは「世論」だ。「世論」は議論を必ずしも必要としない。まあ「考えている」だから、講演会で言ってなくても「考えている」ということなのかもしれないが。
なんで、こんなことになるのかといえば、「憲法改正」「冷静」の二つの単語が「憲法改正を成立させるためには冷静に議論することが必要だ」という意味に変換することを、現代の日本人が「空気」によって躾けられているからだろう。
その点で俺が思うのは、俺は人工知能に詳しくないけれど、人工知能に単語と文法を覚えさせて、自発的に言葉を発せられる技術を開発したとしても、おそらくそれだけでは人間は「彼」が何を話しているのか理解できないのではないかということ。単語の意味は正しい、文法も間違ってない。それにもかかわらず、何を言っているのか理解できない。あるいは間違った理解をする。そういうことが起こり得るのではないかと。
麻生氏の発言が誤解される理由の主な原因もおそらくここにあると思われる。
「憲法」「変わる」という二つの単語があると「現行憲法が改憲される」と理解されてしまう。麻生氏が言っているのは「新憲法が変質する(ことが無いように世論が監視しなければならない)」ということなのに。
「気づかない」といえば「こっそりとやるから気づかない」と理解されてしまう。麻生氏の発言は「騒がしいから気づかない」という意味なのに。
この不協和音の原因は、多くの日本人が無意識に共有している「言語の空気」と、麻生氏の言語感覚にズレがあるからだと思われる。