何もわかっちゃいない

坂東眞砂子さん追悼文 『じつは子猫を殺してなどいなかった坂東眞砂子さんのこと』 東野圭吾


だから要するに坂東さんが主張していたのはアニマルライツ(動物の権利)」のことですよね。「動物愛護」と「動物の権利」は違う。「動物愛護」は人間中心の考え方であり人間の価値観によって動物を愛護するということ。「動物の権利」は人間も動物も平等だというイデオロギー。人種による差別が克服されなければならないのと同様に、動物にも人間と同等の権利を認めなければならないという考え方(ちょっとおかしな言い方になるけれど「動物の人権を認めよ」というような意味)。


だから坂東さんは猫に避妊手術を施さないでセックスする権利を守った。その結果として生まれた子猫は「殺した」と。それが「動物の権利」を主張する人々全てに受け入れられる行為かはともかく、彼女は彼女なりにそれが「動物の権利」を守るためのものだと考えたということでしょう。


たしかに「動物愛護」と「動物の権利」の違いが理解されなくて、彼女の行為に対する評価が混乱していたのは間違いない。呉智英氏などは、右派的な立場から彼女を擁護したが明らかに「動物愛護」と「動物の権利」の違いを理解していなかった。「動物の権利」は左派的な考えの一つの行き着く先なのに。


しかし、彼女の行為の「真意」がわかったところで、大多数の人々にとって、それは同意できることでないのは明らかだ。もちろん、これはどっちが正しくてどっちが間違っているという問題ではない。だからこういう考え方が主流になっている未来が訪れないと言い切ることはできない。それは予測不可能である。ただ言えるのは現在の日本(だけでなく世界中どこを探しても)そういう考え方は僅かな人達の考え方であって、大多数はそれと相容れない考えを持っているということだ。


したがって彼女が批判されるのは当然のことなのだ。



(追記)
そういえば最近アニマルライツの団体の創設者が犬を道連れにして自殺したというニュースがあった。
CNN.co.jp : 動物愛護団体の創設者が自殺、犬31匹道連れ 米オハイオ州
(本文には「アニマルライツ基金」とあるのに「動物愛護団体」と書かれているところに両者の違いがわかってない感がある)
彼女はなぜ犬を道連れにしたのだろうか?動物の権利を守るのをやめたのか?それとも動物の権利を守るため(と彼女の脳内では結論付けられて)道連れにしたのだろうか?