ポピュリズムとは何か

良く聞く言葉なんだけれど、実のところ俺は理解できていない。考えれば考えるほどわからなくなる。


例えば大衆が減税を要求したとする。減税するのは結構だが、それによって歳入が減る。しかし、減税すれば歳入が減るは当然の帰結であるから、即ち大衆は歳入が減ることを要求したということになる。それによって公共サービスが縮小したとしても、それは大衆が望んだことであり、それに何の問題があるのだろうか?


大衆は減税すれば歳入が減るということに考えが至らず、自分が望んだ結果に困惑する愚かな存在であるから駄目で、優秀な者に任せるべきだというのがポピュリズム批判ということなのだろうか?


あるいは、ポピュリズムでは多数者は利益を得ることができるが、少数者の利益が侵害されるから危険だということだろうか?
この「独裁者」を殺すことはできないが - Living, Loving, Thinking


あるいは、このようなのもある。

また有権者がおのおののエゴイズムを追求して意思決定する政治状況を指す。

衆愚政治(ウィキペディア)
しかし、人々が「おのおののエゴイズム」を追求すれば、当然エゴイズムの対立が生じる。それを調整するのが政治なのではないのか?わからん。


で、そもそも「エゴイズム」とは何かを調べてみる。

利己主義(りこしゅぎ) とは、自己の利益を重視し、他者の利益を軽視、無視する考え方。他者の不利益を求める悪、万人の利益を求める功利主義とは区別される。

利己主義(ウィキペディア)


なるほど、では「衆愚政治」の反対側に位置するのは、万人が「万人の利益を求める」世の中であり、それが望ましいということになるのだろうか?しかし、それって、良く言われるところの「空気を読む社会」ってやつと似てるようにも思う。自分は望んでいないけれど、自分以外はそれを望んでいるのだろうという「場の空気」があったら、それを言い出せないじゃん?「万人の利益を求める」Aという考えと、同じく「万人の利益を求める」Bという考えの間で議論するのが望ましいということだろうか。そうかも知れない。それでも納得いかないところがあるけれど…


というか、「利己主義」と区別される、「功利主義」って

「最大多数の最大幸福」が功利主義のスローガンであるが

功利主義(ウィキペディア)
これもポピュリズムって言われそうな感じもするけど。


わけがわからん。まあ、俺が馬鹿だからなんだけれど。