久米邦武説を検証する

実のところ久米邦武博士の『上宮太子実録』を見るのは今日が初めて。やはり原典はちゃんと当たってみるべきものだと、当然のことを思う次第。


上宮太子実録』には、

是も彼猶太の王族約瑟(ヨセフ)、馬利の夫妻、戸籍の検査にベトレムに赴き、村の入口なる厩に一夜を明さんとして、其処に於て開胎し、其児を馬槽に寝せたるを救世主耶蘇基督とするに相似たり。

とある。これを見て思うに、久米博士はキリストが馬小屋で生まれたという説を採用したとは必ずしもいえない。キリストが「馬槽」(すなわち「飼葉おけ」)に寝かせられたという「ルカ伝」の記述から、直接、キリストが厩で生まれたという連想をしたようにも思える。


だとすれば、「家畜小屋」を意味する単語が「馬小屋」の意味になって、日本でそのまま翻訳されて定着してしまったという話とは関係ないのかもしれない。


中国語訳の「ルカ伝」では、

2:16 他們急忙去了、就尋見馬利亞和約瑟、又有那嬰孩臥在馬槽裏。

路 加 福 音 Luke
となっている。


「槽」は、

1 家畜の飼料を入れる桶。かいばおけ。「槽櫪(そうれき)/馬槽」

そう【槽】[漢字項目]の意味 - 国語辞書 - goo辞書
という意味だから、あえて「馬槽」としたのには理由があるのだろうけれど、それが馬小屋で生まれたという説と関係があるのかは不明。


だから、平塚徹京都産業大学教授が言うように、

 なお、「ルカ福音書」第2章第7節に出てくる「飼葉おけ」ですが、日本聖書協会から出ている文語訳聖書では、「馬槽(うまぶね)」という単語が使われています。これは、馬にやる餌を入れる容器ですが、この訳は、イエスが馬小屋で生まれたという話に影響されたのでしょう。

イエスは馬小屋で生まれたか?
ということだったのかは確信が持てなくなってきた。


中国において何時から「馬槽」と訳されるようになったかを確かめてみる必要がある。馬と「誤訳」するには英語との接触が必要になるから、それ以前から「馬槽」と訳されていたのなら、別の可能性が出てくる。けれど、俺には能力的に無理。また、近代になって日本で「馬槽」と訳されて中国がそれに倣った可能性もあるだろう。