付喪神について(その10)

付喪神についてはまだまだ論じたいことがある。きりがない。


付喪神記』より。

 既に其の夜にもなりしかば、古文先生の教への如く、各其の身を虚無にして、造化神の懐に入る。彼等すでに百年を経たる功あり、造主に又変化の徳を備ふ。かれこれ契合して忽ちに妖物となる。或は男女老少の姿を現はし、或は魑魅悪鬼の相を変じ、或は狐狼野干の形をあらはす。色々様々の有様、恐ろしとも中々申すばかりなり。

この文自体に既に多くの問題点がある。それはひとまず置いといて、捨てられた古道具達は「男女老少の姿を現はし、或は魑魅悪鬼の相を変じ、或は狐狼野干の形をあらはす」と様々な姿に変化した。しかしながら彼らは

常には京白河に行て、捨てられし仇をも報じ、又は食物の為に貴賤男女は申すに及ばず、牛馬六畜までも取りければ、人皆悲しむ事限りなし。されども目に見えぬ化生のものなれば、対治するに計なくして、偏に仏神の力許りをぞたのみける。

「目に見えぬ化生のもの」とされている。一方、

時に関白殿下、臨時の除目行はれむがために、一条を西に達智門より御参内ある所に、件の祭礼と行きあひ給へり。前駆の輩、馬より落ちて絶入す。その外の供奉の人々みな地に倒れ伏す。されども殿はちとも騒ぎましまさず、御車の内より、化生のものをはたと睨み給へり。不思議なる事には、はだの御守より忽ちに火炎を出す。其の火炎、無量の火村となりて、化生の者に負ひかゝる。化生の者転び倒れて述げ失せけり。

では「化生のものをはたと睨み給へり」とあり、関白殿下には見えているようだ。


似た話として『今昔物語集』の「鬼現油瓶形殺人」がある。

其れを見給けむ大臣糸只人には不御さりけり

とあって、常人には見えない油瓶の妖怪を見ることができた小野宮右大臣(藤原実資)は只の人ではないと説明する。ちなみに類似してはいるけれども、こっちの話は油瓶が化けたのではなくて「物の怪」が油瓶の姿で現れたという話ではあるが。


付喪神は普通の人には見ることが出来ず、損害だけが目に見えるということでいえば「かまいたち」に若干似ている。先に書いた「猫また」で言えば、奈良に現れた「猫胯」は目に見えている(ただし打ち殺したから姿が現れたと解釈できないこともない)。京都の「猫胯病」は病とあるから目に見えない「猫胯」という鬼が病気を引き起こしたという意味だろう。


(追記14:00)
なお、この関白殿下というのは九条師輔がモデルだと考えられているそうだ。『大鏡』「師輔伝」に百鬼夜行に遭遇したことが書かれている。

つゆ御供の人々は心得ざりけり

と師輔だけが気付いたことになっている。『付喪神記』では

前駆の輩、馬より落ちて絶入す。その外の供奉の人々みな地に倒れ伏す。

と目には見えないけれど害があるので従者も気付いてはいるはずだが、『大鏡』ではそういう描写は無く全く気付いていない模様。


(追記 4/09)

それでは、戯画と妖怪画との違いはどこにあるのでしょうか。もっと正確にいえば、戯画でありつつも妖怪画でもあるという特徴はどこにあるのでしょうか。

それは、人間たちが、擬人化された動物や植物、魚介、さらには道具の世界をなにかのきっかけで覗くような場面があるどうか、という点にかかっています。

(中略)

このあたりのことをよく示しているのが、京都市立芸術大学所蔵の「百鬼夜行絵巻」で、動物や道具などの妖怪たちの宴を人が床下から覗き見ている様子が、冒頭に書き込まれています。

転換期を迎えた百鬼夜行絵巻研究 | 大学共同利用機関法人 人間文化研究機構
百鬼夜行は普通の人には見えないはず。どういうことだろうか?