「処理能力」とは何か

 一応おさらい。


○ 問題が発生したのは1月18日。16日にライブドアへの家宅捜査が入ったことをきっかけに、売買注文件数、約定件数が飛躍的に増大した。午後2時25分に約定件数は400万件を突破し、東京証券取引所の処理能力450万件の約定に迫ろうとしていた。そのため14時40分に全銘柄の売買を停止した。
○ 翌19日からは午後の立会時間の開始時刻を30分遅らせ、現在も続いている。
○ 東証は23日から処理能力を450万件から500万件に引き上げた。500万件へ引き上げることは、問題発生以前から新システムへ移行される30日に予定されていたことだったが、1週間前倒しした。
○ 30日に予定通り新システムに移行。約定処理能力は500万件と変わらず。年内に700万件程度に引き上げる予定。


○ なお旧システムの約定処理能力は当初240万件。平成15年10月14日に300万件→17年9月26日に400万件→17年10月11日450万件→(18年1月30日500万件予定)と順次引き上げていたが間に合わなかった。ちなみにライブドアショック以前の約定件数は300万件台で推移していた。


 以上が基礎情報。


 さて、読売新聞は1月20日付けで、
NY証取 能力けた違い 1時間に4680万件 : 金融ニュース : マネー・経済 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/mnews/20060120mh06.htm

 ニューヨーク証取は、売買注文の受け付けや約定、注文取り消しなどの業務を1秒間に1万3000件処理できる。これまで最大の処理実績は同6000件で、「取引のピーク時でも十分に余裕がある」(市場関係者)。1時間の処理能力は4680万件にもなり、東証が1日で処理できる売買注文900万件、約定450万件を大きく上回る。

 という記事を掲載。同日、木走日記は、
抜本的改良は手遅れな東京証券取引所システム〜問われる技術立国日本の脆弱性
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060120/1137740301

 かたや毎時4680万件に対し、かたや一日の総量が900万件であります。
 ショックな話ですが、ニューヨーク証券取引所の4680万件は一時間あたりの能力であり一日あたりで換算すれば3億件を越えるであろう処理能力なのであります。

と書いて、ブログ界でも話題になりました。


 しかし、俺はこれに疑問を抱き、
東証処理システムの能力不足問題について
http://d.hatena.ne.jp/tonmanaangler/20060121/1137855093
 という記事を書きました。木走日記にもトラックバックしています。以後もこの問題には注目してきました。


 さて、今回の問題は、東証「処理能力」の問題であります。
 もちろん東証はそれ以前にもトラブルを起こしており、昨年11月1日にシステム障害で売買停止。12月8日にはジェイコム株誤発注問題で、注文の取消ができなかったというトラブルが発生。また大証では情報配信システムに問題が発生しています。
 それらの問題の根本に証券取引所の体質があることは確かであろうと思われ、それについて論じるのはもちろん構わないのですが、そういう大きな問題と個々の問題をごちゃまぜにして、何でもかんでも批判すれば良いというものではないでしょう。個々の問題は、それぞれ別個に論じて、その上で考察していくべきことでしょう。
 ライブドア問題がルール違反をしたことが問題であるのに、これを好機とばかりに今までライブドア的なものを好ましく思っていなかった人が、事件と関係のない(あるといえばあるとすることもできるかもしれないが)ことで批判しているのを疑問に思っている人も多いでしょうけど、それと同じで、東証についても、ちゃんと問題は分けて論じる必要があるでしょう。


 「処理能力」の問題は「処理能力」の問題として論じるべきです。で問題はここで言う「処理能力」とは何かということです。
 証券取引とは、ある人(または事業者)が所有している証券を別の所有者に移動させるということです。100円で売りたいという人がいて、100円で買いたいという人がいれば取引が成立します。市場は注文と注文を突き合わせる場所です。しかし、それだけでは売買は終了しません。その後清算することが必要になります。その売りは誰が出したものなのか、誰がそれを買ったのかがわからなくては取引が成立しても、受け渡しができません。今回問題になったのはこの部分です。

飛山 注文そのものは処理できます。その後、受渡しや代金のやりとりをしないといけないわけですが、その明細が作れなくなるということです。

http://www.tse.or.jp/guide/interview/060118a.pdf(注:PDF)

 上記読売記事の、「ニューヨーク証取は、売買注文の受け付けや約定、注文取り消しなどの業務を1秒間に1万3000件処理できる。」というのは、このことを言っているのではありません。東証も「注文そのものは処理でき」るのです。その能力がどれくらいあるのかは知りません(新聞記事等さんざん探したのですがわかりません。比較対象がわからないのだから比較しようがありません)。多分、古いシステムではニューヨーク証取より劣るのかもしれませんけど、今回の問題とは別の問題です。


(ニューヨーク証取の一日の約定件数は「四百五十万−五百万」)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060130-00000000-san-bus_all


 上記読売記事には、世界最大の取引所であるニューヨーク証券取引所は「通常の取引量の約5倍を処理できるシステム能力を備えている」とも書いてあります。この「約5倍」というのが今回問題になった「処理能力」での東証とニューヨーク証取の違いです。


 ちなみに、朝日新聞の記事(リンク切れ)によると、

上場株の時価総額で世界最大規模のニューヨーク証券取引所は計画的にシステム増強を実施し、現在の処理能力は実際の取引量の4倍程度とかなりの余裕をもたせている。取引量増加に応じこの3年間に処理能力を3倍にしたという。

 とのことです。東証はその間、240万件から450万件と約2倍に増強しています。


問われる市場の番人(下) 危機意識欠いた東証(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/mnews/20060127mh11.htm

 1日の処理能力は、株式市場が低迷している03年3月の計画に基づいて増強されたが、当時の平均売買成立件数は、今の約5分の1の70万件。ネット取引を駆使するデイトレーダーの急増などはほとんど予想していなかった。

 とのことなので、240万件というのは当時の約定件数の4倍だったわけですね。直近の約定件数は約300万件ですから、4倍だと1200万件(400万件で計算すると1600万件)の処理能力が必要になるわけで、それにも関わらず1月30日に500万件にする予定だったというのは少なすぎるわけで、さらに年内700万件に増強予定というのも、まだ少なすぎるわけです。問題なのはここでしょう。


なお、日本のシステムのスピードが遅いのは、
大証のシステム処理、10倍超に(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/net/news/20060206nt0d.htm

日本の取引所は、特別気配値制度など日本独自の取引慣行が障害となり、これまで外国製システムの導入が進まず、海外取引所のシステムに比べて極端に処理能力が遅かった。

のが理由だそうです。これは上の清算システムの問題とは別の問題についての話であろうと思われますが、まあ早ければそれに越したことはありません。


結局一番かわいそうなのは(404 Blog Not Found)
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50368515.html
もちろん処理速度も重要な問題であり、かつシステム投資という面での論考であり、関係ないかといえば大いに関係することなんで微妙なんだけど、読んで誤解する人がいるかもしれないと思います。