朝日新聞に何が起きているのか?(パート4)

朝日新聞の変化は本物か?それはわからない。だが、数年前から路線変更の噂は耳にしたし、今回、朝日の秋山耿太郎社長は「正常化」を模索していて、社内に軋轢があるという噂も一部マスコミで報じられている。だから有り得る話ではある。
(注:ここからは朝日新聞が変化しようとしているという前提で進めるのであしからず)


そもそも朝日新聞の問題点は、朝日が左翼的だからというものではない。ちょっと考えれば論理的におかしなことを平然と言ってのける人間が多いことに問題があるのである。「大きな目的」のためには、「多少の演出」は正義であると考える人間がいるのだろう。優秀な頭脳が揃っている大新聞社の人間がそれに気付かないわけがない。そんなことを続けていれば信用をなくすということは簡単に理解できるであろう。わかっていながら、どうすることもできなかったのであろう。崩壊間近のソ連政府や、バブル絶頂期の企業のように、多くの人間がこのままではいけないと思いながら、ズルズルと既定路線を突っ走っていたのではなかろうか?


その現状に対する改革が始まったのかもしれない。


表面上は、「保守」批判である。「保守思想が空疎化」していると朝日は論者に言わせる。


「それらはもはや保守とも保守主義とも無縁の、 単なる憎悪の表出に過ぎない。」(宮崎哲弥


確かにそういう面があるのは否定しない。しかし、それはそっくりそのまま、朝日のような進歩的文化人にも適用される。彼らの多くが「保守的」な考えに、「単なる憎悪の表出」をしてきた。その反動が現在のいわゆる「右傾化」である。朝日は「真の保守主義再生」を主張する。そのこと自体が従来の朝日的主張を否定するという複雑な構図になっていることに注目すべきであろう。


だが、うまくいくだろうか?