黒歴史(2)

俺がパソコンをはじめて買ったのがいつだったか覚えてないけど、ウィンドウズ98が発売される前だったから、多分97年頃。でも諸事情があってインターネットはらなかった。ネットをはじめたのが2001年。その動機というのが、週刊ポストに連載されている「逆説の日本史」に井沢氏のホームページのアドレスが記入されている。それを是非見てみたいというものだった。


そんで、無料のプロバイダに登録して、わくわくしながらHPのアドレスを入力した。ところがHPはリニューアル中で近々再開するという。残念と思ったが仕方がない。で、数日待ったら閲覧できるようになっていた。その後わかったことだが掲示板が荒らされていたようで、掲示板を登録制にしたということだった。というわけで、俺はネットを初めてすぐに「荒らし」というものを目の当たりにしたのであった。荒らしたのは「2ちゃんねる」というところで活動している連中らしい。「2ちゃんねる」については、ネットを始めるにあたって買った雑誌に載っていたので知っていた。まったくひどい連中だと思った。そのときには、まさかその後自分が「2ちゃんねる」にはまってしまうとは夢にも思わなかった(ちなみに今は、たまに実況板を覗く程度でほとんど見ていない。もちろん「荒らし」はいけないことです、念のため)。


それはともかく、掲示板には過去ログがあったので、それを読んでみた。それが井沢氏に疑問を抱いたきっかけとなった(それ以前から巻を追うごとに怪しげな話が多くなったと感じてはいたが、それでも最初の方については肯定的な評価をしていた)。


掲示板には井沢説への批判も書いてある。批判であっても受け入れるというのは、当たり前のようでいて、なかなか出来るものではない。さすがに「逆説」の序論で、

その仮説は、多くの批判や検討を経て、初めて定説となり得るのだ。ここには自由な批判精神というものが不可欠である。恩師の説であろうが東大の権威の説であろうが、間違っているものは間違っている。そして、仮に「○○先生、あなたの説は間違っています」と主張しても、それは「○○先生」の人格を非難したということではない。

と主張しているだけのことはある。だが、過去ログを読み進むうちに「?」と思わせるものがでてきた。それは「ニフティーでの天智天皇暗殺説論争」というものを巡るもの。


motohiko izawa : BBS form
ここに井沢氏の書き込みがある(長いので「Ctrl+F」で「復帰しました」を検索すれば見つかる。)それによると、批判者は「私の論説に対して頭から偏見を抱き、そして侮辱するネタを見つけようと、まさにあら捜しをやっている」らしい。俺にはそれほどひどいとは思えなかったが、確かに批判者は、口が過ぎたところがあったのかもしれない。しかし、それが何だというのだろう。「間違っているものは間違っている」のであるから、相手がどういう動機で批判していようが、それを理由に批判から逃げることはできない。「逆説」の序論で主張していたことは何だったのだろう?「人格を非難」していない批判限定ということだろうか?だが、それなら気に食わない批判は「人格を非難」していると恣意的に決め付けることが可能だ。それは井沢氏言うところの「アカデミズムの権威主義」と何が違うのか?重要なのは批判の中身ではないのか?俺には批判者の批判の本筋はもっともなものであるように見えた。その批判から井沢氏は逃げたように感じられた。


井沢氏に対する敬意は急速に冷えていった。そして冷めた目で再び「逆説の日本史」を読んでみると、おかしなところが見つかる。それも面白いほどに、読み返すたびに、一つ、また一つと次々に、もしかしてワザとやっているんじゃないかと思えるほどに見つかるのであった。