「赤い靴」と鷹野三四と昭和50年代

どうでもいい話 - 猫を償うに猫をもってせよ
阿井渉介氏に答える - 猫を償うに猫をもってせよ


童謡「赤い靴」にモデルになった女の子がいるという話を巡る論争。タイトル通り「どうでもいい話」のようでもあるけれど、個人的には「神話」や「伝説」が史実である、または史実を反映しているとする言説との類似性があるんで、この手の話には興味あり。

1973年(昭和48年)、きみの異父妹・岡その(鈴木志郎とかよの三女)が、新聞に「私の姉は『赤い靴』の女の子」と投書。この記事に注目した北海道テレビ記者の菊地寛が調査を開始した。菊地は5年にわたる取材ののち、上記の事実を確認し、『ドキュメント・赤い靴はいてた女の子』というドキュメンタリー番組を北海道テレビで制作・放送した。その後、菊地は、ノンフィクション小説『赤い靴はいてた女の子』(現代評論社刊)を1979年(昭和54年)に発表、この本の記述が「定説」として定着したとされる。

赤い靴 - Wikipedia


今でもこの手の「事実・史実を反映している」的な主張はよくあるが、1970年代〜80年代(昭和50年代)ってのは、この手の話が氾濫していたようなイメージがある(当時はガキだったんで、あくまでイメージとして)。



で、タイトルにある鷹野三四さん。「ひぐらしのなく頃に」の登場人物。

筋金入りのオカルトマニアで、一部の者にだけ知られているが、雛見沢の暗黒史や残酷な儀式に興味を持ち、民俗学的見地からそれを研究することをライフワークとしている。しかしその好奇心は、純粋な民俗学的見地からと言うよりは、猟奇趣味に基づくところが大きい。連続怪死事件についても様々な説を立てては、村の子供に聞かせている。

ひぐらしのなく頃にの登場人物 - Wikipedia


アニメで見たんだけれど「雛見沢村」伝説の超解釈っぷりが、昭和58年(1983)頃の雰囲気を反映していて、作者はよくわかってるって思った。特に24話〜25話で超解釈が竜宮レナに伝えられてパワーアップしていくところは最高に面白い。
(ただし物語世界の中ではトンデモがトンデモでなかったりするんだけど)