「神武東征」(その10)

神武はウガヤフキアエズタマヨリビメの間に産まれた四兄弟の末っ子であると『日本書紀』は伝える。


長男はイツセヒコ。

古事記伝』では、「五瀬」は「厳稲」の意味とし、穀物や食料の神の意と解している。

五瀬命 - Wikipedia


次がイナヒ。

日本書紀』では稻飯命。『古事記』では、稻氷命、彦稲氷命。

稲飯命 - Wikipedia


次がミケイリノ。

「ミケヌ」の「ミケ」は食物の意、「ヌ」は「主」の意とされる。「ミケイリ」は「食物に神霊が入る」の意と解される。

御毛沼命 - Wikipedia


長男が「穀物や食料の神」、次男が「稲の神霊」、三男が「食物の神霊」。ほぼ同じ属性を持っているといっていいだろう。それに対して神武はイワレヒコ(磐余彦)という名であるが、これは何を意味するのだろうか?「磐余」というのは大和の地名で、イワレヒコは地名に由来するんだという説明があるけれど、果たしてそうだろうか?


俺の考えでは、これは単純明快な話であって、兄たちと神武の属性の違いが名前に現れているのだと思う。すなわち、兄達は「ひ弱なもの」の象徴であり、対する神武の名には「イワ」=「磐・岩」が含まれており、「丈夫なもの」を象徴しているのだろう。


兄達は弱く、末子の神武は強かった。だから神武が最後まで生き残ったのだ。何も難しく考える必要はない。こう考えるのが一番自然ではなかろうか?



そして我々はこれと良く似た話を知っている。


「三匹の子豚」だ。

一番目の子豚はわらで家を建てるが、狼がわらの家を吹き飛ばし、子豚を食べてしまう。

二番目の子豚は木の枝で家を建てるが、やはり狼との同様のやり取りの末に、一番目の子豚と同じ運命を辿る。

三番目の子豚はレンガで家を建てる。狼はいくら息を吹き付けても、レンガの家を吹き飛ばすことはできなかった。

三匹の子豚 - Wikipedia


実にそっくりではないか。


天皇の伝説と子豚の話が似ているなんてことを言ったら不敬だと怒られるかもしれない。だが「三匹の子豚」の「物語の出版は18世紀後半」らしいので、日本書紀の方が遙かに古いのだ。おそらく「三匹の子豚」には元ネタがあるのだろう(そこを詳しく知りたいのだが今後の課題)。その元ネタと神武天皇伝説が同系統の伝説に属している可能性は大いにあると思うのだ。


(こんなことを言っている人は俺の他は多分いないと思うけど…)