ネトウヨの歴史(3)

「若者の右傾化」「ネット言論の右傾化」などどいう主張がマスコミや文化人・知識人によってなされるようになったのが何時頃からなのか定かではない。「若者の右傾化」は「軍靴の音」同様に大昔から言われてたように思うし、「ネット言論の右傾化」も、ほんの僅かでもそのように感じられる言論(自衛隊を容認する発言程度であっても)が存在すれば言い出しそうに思う。


だが、2004年に起きた「イラク3邦人人質事件」以降、そういう主張が増えたということは間違いのないところだろう。
イラク日本人人質事件 - Wikipedia


この事件でネット上では「自己責任」を主張する言説が多数あり、それを批判するジャーナリスト・文化人・知識人による記事が新聞・雑誌に溢れていた。この件についての考察に抜けてはならないのは、人質を助けるために「自衛隊の撤退」を要求する主張が左翼系市民団体から出されたということだ。「自己責任論」が盛り上がったのは、この要求への反発である面が大きい。ところが自己責任論批判は、その点を無視して自己責任の一般的な定義の話から批判していたのである。もちろん、正直に自衛隊撤退要求を正当化する主張も、数は少ないがあったけれども、それは一部の左翼にとっては「正論」なのかもしれないが、一般的に受け入れられるものではないだろう。


ちなみに朝日新聞は事件発生翌日に「我々は一貫して自衛隊イラク派遣を批判してきたけれども、誘拐犯の要求に応じてはならない」という趣旨の非常に印象に残る社説を書いていたという記憶がある。だが、その後の朝日は通常運転に戻ったようで、ネット言論批判の代表的存在となった。


俺はこの事件に関するこのようなネット言論を「右傾化」だと見做すことに非常に違和感を持つ。偏っているのはむしろそちら側でしょうと言いたい。



だが、イラク3邦人人質事件に関するネット言論に「右傾化」の特徴が無かったかといえば、そうではないと思う。本当は自己責任論などよりもこっちの方が大きな意味を持っているはずだが、自己責任論ばかりが圧倒的に論じられているように思う。


それは、ネット掲示板「BBQ」という語句が氾濫したことだ。「BBQ」とは「バーベキュー」のことで、つまり人質が焼き殺されるということだ。


当然のことながら自己責任を主張している人のすべてが人質の死を願っていたなどということはない。単に自衛隊や政府の責任にするのは筋違いだという主張であり、人質の安全を願う人も多かった。というかそっちのほうが大多数で、死ねばいいなどと思っているのは極少数であろうと思う(常識的に考えて)。


しかしながら掲示板には「BBQ」の文字が溢れかえっており、それを批判する書き込みは、サヨク扱いされるか、無視されるかであった。俺も2〜3回くらい書き込んだと思うけれど、もうこれはどうしようもないとあきらめて、それからしばらくは掲示板を見ることさえしなかった。


これこそが現在の「ネトウヨ」と系譜的に繋がるものであろう。繰り返しになるが、この手の書き込みをする人間が世の中に占める割合は極めて少数であると思う。


(つづく)