「ネット上の発言の劣化について」について

ネット上の発言の劣化について (内田樹の研究室)
はてなブックマーク - ネット上の発言の劣化について (内田樹の研究室)
ものすごい数のブックマークがついている。


ところで、俺は以前このブログで「内田樹が面白い情報を提供したときは疑え。十中八九間違っている」というのが俺のポリシー」と書いたのだが、それをブックマークコメントで引用している人がいる。その人がどういうつもりで引用したのかはわからないが、俺が「十中八九間違っている」と書いたのは「事実」として紹介している話が間違っているという意味だ。たとえば厚労省が病院に患者を「患者様」と呼ぶように通達があったというのは間違いであるというような意味での間違いだ。


内田先生の「個人的印象だが、ネット上での匿名発言の劣化がさらに進んでいるように見える」が間違いだとしたら正解は「内田先生はネット上での匿名発言の劣化は進んでいない」と考えているということだ。しかしそんなことは他人には普通わかりようがないし、本人がそう言っているのだから、本人にはそう見えているのだろうとするのが常識的な判断だろう。


内田先生には「ネット上での匿名発言の劣化がさらに進んでいる」ように見えているのだ。それが批判に値するものだろうか?そう見えていない人にとっては不愉快かもしれないが、そういう見方があるということを知っておくのも無駄ではないだろう。


内田樹を批判すると「そういう見方もあるんだなあと受け取るべき」みたいな擁護がなされることが非常に多い。事実として明確に間違っているものに対して「そういう見方」も何もあるものかと非常にイライラさせられるのだが、そういう擁護はまさにこういう場合に使うべきものであると俺は思う。


ところで、内田先生の考える「ネット上での匿名発言の劣化」がどういうものなのか具体例がないので、その分析がどの程度的を射ているものなのか判断するのは難しいが、もっと複合的な理由があるのではないかとは思う。しかしながら、ここに書かれていることはある程度思い当るところがあるのも事実ではある。

自分の主張に含まれている「思い込み」「事実誤認」「推論の間違い」などについて、価値中立的な視点から精査する自己点検システムを含まないステートメントは、そのコンテンツの正否にかかわらず「質の悪い情報」に分類される。

などはまさにその通りだと思う。先に取り上げた「患者様」の例などは「質の悪い情報」の最たるものであろう。なぜ内田先生は「自己点検」しなかったのだろうか?

「オレはこう思う。」とか「オレはこれを知っている。」といったタイプの情報は、そのコンテンツの正否にかかわらず「質の悪い情報」である。

という内田理論から考えるに、内田先生には「政治家」や「マスメディア」とはそういうおかしなことをするものだという思い込みがあるからではなかろうか?もちろん「政治家」や「マスメディア」がおかしなことをしないと言いたいわけではない。しばしばそういうことをやっていることは事実であろう。だとしても、自分がおかしいと感じることは他人(政治家であろうがマスメディアの人であろうが)もそう感じるのではなかろうかという考えで、一度は疑ってみる必要があるのではないだろうか?俺はそう思ったからこそ調べてみて間違いであることを見つけた。ネットを使って時間は10分もかからなかったと思う。ご多忙な先生には10分も惜しいのかもしれないが、そういう場合にはせめて自分で確認したわけではないという断り書きくらいは入れるべきであり、そのような意識があれば断定的な糾弾口調にはならなかったであろう。

あと、かつて内田先生は既存のマスメディアの劣化について語ったことがあるが、その時には「はてなブックマーク」の評判は非常に良かった。俺にはそれはトンデモな主張にしか見えなかったが、話に筋が通っているかなどはどうでもよくて、マスメディアが劣化しているという自分の感覚と同じ感覚を偉い先生が共有しているということで評判が良かったのだろうと俺は思っている。今度はそれと逆のことが起きたのだろう。今のネット界は「共感できるか・できないか」ということが大きな要素を占めているように思う。