科学は多数決で決まる

「科学 多数決」で検索すると「科学は多数決で決まらない」という趣旨の主張がいっぱいある。というかそれしか見当たらないような気がする。


しかし、それじゃあ何で決まるのか?


ある科学者は「少数派が勝利した事例」を取り上げて、科学は多数決で決まらないという。


しかし「少数派が勝利した」というのはどういう状態をいうのか?


それは多数派が少数派の主張に同意して「少数派が多数派になった」ということに他ならないのではないか?


もちろん言いたいことはわかる。


一般的な「多数決」のイメージでは、たとえば「その説が認められてしまうと今までの自分の業績が全否定されてしまう」とか「その説が認められてしまうと自分の研究の存在意義がなくなってしまう」とかいった利己的な理由から新しい説を認めようとしないなんてことがあるだろうと考えてしまう。科学者といえども人間であって聖人君子は稀だ。実際そうした理由で新しい説を認めない科学者もいるだろう。


しかしながら現実にはそのような利己心が科学の世界では大きな力を持つことはない。なぜかといえば科学には様々なルールがあり、そこから逸脱した主張に支持は集まらないからだ。これが一般的に言われる「科学は多数決で決まらない」の中身だが、そもそもそのような主張が多数になるという現象が科学界で起きるということは滅多なことでは起こらないだろう(そういう事例があったら教えてほしい)。
(追記)ソ連などでは科学的正しさが科学的思考とは別のところで決定されたということが確かにあった。ソ連側からすれば彼らの言う「科学的思考」ではあるが。


「多数派の主張が間違っていて少数派の主張が正しかった」というのは、少数派が多数派になった時点でのことであって、少数派が少数派のままである時点では「多数派が正しい」のである。


すなわち「科学は多数決で決まらない」というのは、ある時点で正しいとされた主張が永遠に正しいとは限らないということ、つまりよく言われる「科学は絶対ではない」とか「科学的な正しさは暫定的な正しさである」というのと同義であって、「科学は多数決で決まらない」というよりも、ある時点で正しいとされていることは科学者の多数が支持することによって決まっているのである。