「空気」は大事ですよ

知らないうちに18ブクマも付いててワロタ。
はてなブックマーク - バカと「空気」は使いよう - 国家鮟鱇
何時間もかけて書いたものが読まれない一方、こんな5分程で書いたものが読まれるのは嬉しいけどちと複雑な気分。


ところで、

はてなブックマークでしばしば話題になる「空気」批判の記事を書く人たちは、今回の件についてどう考えているんだろう?

と、「空気」を批判している人の意見はどうなんだろうと書いているのは、俺が「空気」を批判する人間ではなくて、「空気」は大切だと思っている人間だから。普段から読んでる数少ない人ならわかっているかもしれないけれど、圧倒的多数は知らないだろうから念のために書いておく。俺は「空気」を批判しているのではなくて、ご都合主義的な「空気」批判を批判しているのであって、そこんとこ勘違いしないように。


(たとえばこんなことを書いた)
空気が読める - 国家鮟鱇


俺は「空気」の存在を否定しない。「空気」の無い世界は自由だと思う人は多いかもしれないけれど、それは「空想」に過ぎない。「空気」の無くなったスキマには、別のものが入り込んでくる。


それは何かといえば「理性」だ。「理性」が人間の行動を圧倒的に支配することになる。理性の何が悪いのかといえば、絶対的に正しい理性など存在しないからだ。それでいて理性は絶対的であるかのように人を圧迫する。


(そういう実例についても書いた)
個人主義が全体主義とつながっていることの実例 - 国家鮟鱇


圧倒的な力でもって人を抑圧しようとする「理性」に対して「空気」はそれを抑止する効果がある。理性主義への抵抗は「保守」の基本思想だ。


ちなみに一つ上の記事で取り上げた「慣習法」が重要なのも、理性よって生み出された「自然法」のみが人を支配することに危険があるからだろう。