台与(壱与)は実名なのか?(その4)

第五の疑問。


遠山美都男氏は、

魏志倭人伝は、倭国の女王の称号と思しきものを女王の実名と誤解したのであるが、
『改訂新版 卑弥呼誕生』(講談社現代新書 2011 62p)

と書いている。果たして「誤解」したものであろうか?倭人伝には「至對馬國、其大官曰卑狗」のような記述があり、これは「對馬國の大官を卑狗と言う」という意味であるが「名」とは書いてない。卑弥呼の場合は「名曰卑弥呼」とあるから「名前を卑弥呼と言う」という意味であれば確かに誤解したということだろう。ただし「女王の名を現地では卑弥呼と言う」という意味なのかもしれない。俺の漢文の素養では何ともいえない。


しかし台与が「二代目卑弥呼」になったのなら、彼女もまた「卑弥呼」と呼ばれていたに違いない。台与が実名だとしたら卑弥呼が実名でないことにさすがに気付くのではないか?むしろどうしたら誤解できるのか知りたい。


しかも「倭人伝」には「政等以檄告喻壹與」「壹與遣倭大夫率善中郎將掖邪狗等二十人」と記している。台与は既に女王になっているにもかかわらず卑弥呼ではなく台与のままだ。そして「先代卑弥呼」は卑弥呼と呼び「二代目卑弥呼」は台与と呼ぶ。実に不思議な話ではないか。


これはどう考えたって見過ごして良い問題ではない。


倭人伝」は卑弥呼を実名だと誤解していないのではないだろうか?そして台与はあくまでも台与なのではないだろうか?たが「名曰卑弥呼」が「女王の名を現地では卑弥呼と言う」という意味であるならば台与も卑弥呼でなければならない。にもかかわらず「倭人伝」は彼女を卑弥呼と呼ばない。だから卑弥呼を実名だと誤解したのだと解釈するしかない。だがどうしたら誤解できるのか?やはり卑弥呼を実名だと誤解していないのではないだろうか?以下無限ループ…




(だが俺の「卑弥呼は死んでいない」を使えばこの無限ループから脱出できるのである)