かぐや姫の「前世」

かぐや姫は「昔の契り」によって地上に降ってきた。この「昔の契り」とは何の契りをしたのかという問題以前に「契り」という言葉の意味について解釈が分かれている。


⇒「ちぎり【契り】」 の意味とは - Yahoo!辞書

1 ちぎること。約束。誓い。「師弟の―」

2 男女が情交すること。「一夜の―」

3 前世から定められた宿縁。因縁。「二世(にせ)の―」

「ちぎり【契り】」 の意味とは - Yahoo!辞書


ざっとみたところでは3の「前世から定められた宿縁」というのが多く支持されているのではないかと思う。だとすれば「昔の」とは「前世の」ということになる。


しかし、ここには大きな問題がある。


月世界の人は不老不死だからだ


前にも紹介した
『竹取物語』 研究− かぐや姫の罪と罰をめぐって− 岡崎祥子(注:PDF)
は、

かぐや姫が月の世界で犯した「罪」は何か、

と、かぐや姫が月で罪を犯したことを当然のように書いている。これは岡崎氏だけではなく、他も大体そういう意見らしい。



だが不老不死のかぐや姫になぜ「前世」があるのか?もちろん「昔の契り」の意味を「前世から定められた宿縁」と解釈しないで、単に「昔の約束」とするならこの問題は発生しない。しかし、この論文には「生まれ変わり」という言葉が使用されている。

かぐや姫は、月の都での罪を償うために流離してきている。そしてその流離は、これまでの自分とは違う自分へと生まれ変わり、新たな人生を歩むという事であると考えられる。

とある。これはどういう意味だろうか?


罪を犯した人が「これからは生まれ変わって真っ当に生きる」などということがある。この場合の「生まれ変わり」は本当に死ぬわけではなくて比喩的なものだ。そういう意味の可能性が高いように思われるが「昔の契り」の問題があるので非常に紛らわしい。結局かぐや姫は生物学的な意味で一度死んだのか、それとも死んでいないのか?


俺はかぐや姫は一度死んでいると思う。「昔の契り」を「前世から定められた宿縁」とすれば自動的にそうなる。さらに竹の中にいたかぐや姫は幼子の姿をしていたのだから、これも一度死んだことを意味すると考えられるだろう。


では、不老不死のはずのかぐや姫はなぜ死んだのかということになる。


「不老不死」とは年を取らず死なないことだから、絶食したり首を切られたりすれば死ぬという可能性も一応ある。しかし、おそらくはそういうことではないだろう。


だとすれば、かぐや姫の前世の死の原因は地上に降りてきたからだということになるのではないか?

 天人の中に持たせたる箱あり。天の羽衣入れり。またあるは不死の薬入れり。ひとりの天人言ふ、「壺(つぼ)なる御薬奉れ。きたなき所のもの聞こし召したれば、御心地悪しからむものぞ」とて持て寄りたれば、

竹取物語〜現代語訳


地上世界は穢れているので月世界で不老不死の人も地上では不老不死ではなくなるのだろう。中国神話でも

淮南子』覧冥訓によれば、もとは仙女だったが地上に下りた際に不死でなくなったため、夫の后羿西王母からもらい受けた不死の薬を盗んで飲み、月に逃げ、蝦蟇になったと伝えられる。

嫦娥 - Wikipedia
とある。


だとすれば、かぐや姫の前世も地上に降りてきて、そのために不老不死ではなくなって(地上で)死んだのだということになるはずだ。


したがって、かぐや姫は月の世界で罪を犯したのではなく、かぐや姫の前世が地上に降りてきて生活したことが「罪」とされているのだと考えるべきではなかろうか。


それが最も合理的な解釈というものだろう。なぜ月で罪を犯した説が有力なのか俺には理解できない。


そして、なぜかぐや姫の前世が死を承知しながら地上に降りてきたのかといえば、その原因が恋愛であることはまず疑いのないところだろう。