かぐや姫の「罪」とは「かぐや姫の前世が地上に降りて人間の男と愛し合ったこと」だと俺は考える。その相手は「竹取の翁の前世」だ。
生まれ変わったかぐや姫は、その「罪」を解消するために再び地上に降されて竹取の翁のもとに遣わされたのだ。当然「同じあやまち」すなわち恋愛は許されない。かぐや姫の愛情は竹取の翁だけに注がれている上に、再び誰かと恋に落ちればその相手が「罪」を得ることにもなるからだ。
かぐや姫の使命は、「前世の罪」のために賤しい身分に転生した竹取の翁に報いるために彼を豊かにすることだ。その中には「子宝」も含まれている。
月の王たちにとって「罪」を背負って生まれてきたかぐや姫の「罪」を解消することは必要なことだった。だから地上に派遣したのだ。一方かぐや姫にとっては竹取の翁は前世の恋の相手であるから派遣されることに異存があるはずがない。できることならずっとそばにいたいと思うはずだ(最初は罰だったのが住み慣れていくうちに好きになったのではなくて最初からそう考えていたはずだ)。それで一方は「罪」と言い、一方は「昔の契り」という言い方になったのだ。
昔話では子宝に恵まれない正直者の老夫婦のもとに子供が遣わされるというのは王道のパターンだ。『竹取物語』もそれをベースにしている。だが『竹取物語』では老夫婦ではなく竹取の翁のもとに遣わされたと明記してある。それはとても重要なことだ。
竹取の翁は『竹取物語』のもう一人の主人公である。妻の嫗は脇役に過ぎない。物語での存在感がまるで違う。
それだけではなく仔細に見れば、かぐや姫の二人の対する態度が違うこともわかる。
これを見つけて、翁、かぐや姫に言ふやう、「わが子の仏、変化(へんげ)の人と申しながら、ここら大きさまで養ひ奉る志おろかならず。翁の申さむことは聞きたまひてむや」と言へば、かぐや姫「何事をか、のたまはむことは、承らざらむ。変化のものにてはべりけむ身とも知らず、親とこそ思ひ奉れ」と言ふ。
かぐや姫は「翁の言うことは何でも承る」と答えている。だが翁の望みは5人の貴公子の1人と結婚させることだった。いかに翁の望みでもそれを承知することだけは不可能だったのだ。それでかぐや姫は5人に不可能な要求をして翁があきらめるように仕向けたのだ。
一方、妻の嫗がかぐや姫に帝の内侍に会うように言ったときの対応はこうだ。
国王の仰せごとを、まさに世に住みたまはむ人の、承りたまはでありなむや。いはれぬことなしたまひそ」と、ことば恥づかしく言ひければ、これを聞きて、まして、かぐや姫、聞くべくもあらず。「国王の仰せごとをそむかば、はや殺したまひてよかし」と言ふ。
「いっそのこと殺してくれ」と答えたのだ。実にそっけない。
これは、翁の要求と嫗の要求の中身が異なるからだという解釈も可能かもしれないけれど、嫗が望んだことと同じ事を翁が要求した場合にも同じ態度を取っただろうかと考えると、やはりこれは要求の中身ではなくて要求した相手が異なるからではないかと俺は思う。事実、後に翁が要求したときには「殺してくれ」ではなく「強いるならば死ぬ」というようなことを非常に丁寧に答えている。もちろん、かぐや姫は嫗が嫌いだったということではない。だが翁は特別な存在だったのだ。