立志編

「編」の謎 - 猫を償うに猫をもってせよ
これは凄く興味ある。で、少し調べてみた。


まず『西国立志編』。

自助論(Self-Help) は、1859年発行のサミュエル・スマイルズ著の成功伝集である。300人以上の欧米人の成功談を集めたものである。

自助論 - Wikipedia


この「編」とは

3 いくつかの文章を集めて1冊の本にすること。編纂(へんさん)。「国語学会―」

へん【編/篇】の意味 - 国語辞書 - goo辞書
という意味であろうと思われる。この『西国立志編』が翻訳出版されたのが1871年明治4年)で大ベストセラーになった。


で、その後「立志編(篇)」とタイトルに付いた本がたくさん出版された。内容は確認していないけれど『西国立志編』と同様に複数の人物の成功談を集めたものだろう。


『日本立志編』(明治4)、『日本経済立志編』(明治12)、『日本立志編字解』(明治16)、『繪本訓蒙立志編』(明治20)、『耐忍偉業商人立志編』(明治21)、『滑稽立志編』(明治22)、『帝国新立志編』(明治23)、『東洋立志編』(明治23)


※ なお福沢諭吉の著作に『修業立志編』(明治31)というのがあり、これは

『時事新報』に掲載された、福澤の演説や論説、エッセイから成る。

修業立志編 - Wikipedia
ということで福沢諭吉1人のものであって、上に挙げた『立志編』とは意味合いが違う。でも当然意識してタイトルを付けたのだろう。


『立志編』でグーグル検索すると、トップにあるのは「男はつらいよ 葛飾立志篇 - Wikipedia」でこれはシリーズ16作目。5作目に「望郷篇」、6作目に「純情篇」、7作目に「奮闘篇」があり、間があって次が「葛飾立志篇」。だが「いくつかの文章を集めて1冊の本にすること」という意味は無い。


他にも「立志編」が多数あるけれど、やはり「いくつかの文章を集めて1冊の本にすること」ではなく、1人の人物の人生の中の「立志(志を立てる)」の部分について書いたもの、という意味で用いられているように思われる。


ということは「立志編」が乱立する中で「編」の本来の意味が失われていったという可能性があると思われる。ただし、小谷野先生の記事には

 大正末年に佐藤紅緑の『大盗伝』が、「青春篇,愛恋篇,争闘篇」とやっており、だいたいこの大正末から昭和はじめにかけて「…篇」というのが登場し、戦後になって定着したという感じであろうか。

とあるから、本来の意味が失われたのはその後のことかもしれない。