浦島太郎にについてそんなに書くつもりはなかったんだけれども次から次へと疑問が湧いてくる。
先に
巌谷版では、乙姫が玉手箱を渡すが、『御伽草子』が亀が渡す(筥とあるだけで玉手箱とは書いてない)。
と書いたけれど、よく読めば『御伽草子』にも「玉手筥」という文字があった。そしてこれが「玉手箱」の初出らしい(それ以前には『万葉集』に「玉篋」、『丹後国風土記』に「玉匣(たまくしげ)」とある)。ところがこれは
「君にあふ夜は浦島が玉手筥あけて悔しきわが涙かな」
という歌の中に一回だけ出てくるもので、本文の中では「筥」としか書かれていない。
この歌は『御伽草子』において浦島太郎の出来事(実話という設定なのだろう)があった後の世でこのような歌がうたわれたということになっている。本当にそんな歌があったのか、これ自体も事実でないのかはわからない。
歌の意味は「君(恋人)に逢う夜が明けてしまって悔しい」ということだろう。だが、そこに浦島太郎が出てくるのはよく考えたら不思議なことだ。浦島太郎が「筥」を開けたのは、龍宮城の妻と別れた後のことだ。一方歌の方は夜が明けて恋人と別れなければならないことと、玉手箱を開けることをかけている(「夜が明ける」と「玉手箱を開ける)と思われる。
浦島太郎の物語を知らないで歌だけで物語の内容を想像すれば、玉手箱を開けてしまったために太郎は妻と別れなければならなくなったという話だと想像するのではなかろうか?鶴の恩返しみたいにタブーを犯したから別れたのだと。しかし『御伽草子』の本文はもちろんそんな話ではない。
もっとも「浦島が玉手箱を開けて残念な思いをしたように」という解釈がある。
⇒古典の「浦島太郎」の訳で一部わからないところがあるので教えて... - Yahoo!知恵袋
それなら本文と矛盾しないのかもしれないけれども、矛盾しないようにするためには、そう解釈する他ないからそう解釈したって感じが俺にはする。
そもそも夜が明けたらなぜ恋人と別れなければならないのだろうか?夜這いの歌なんだろうか?まあいろいろなストーリーが思いつくかもしれないけれども、もっとも合理的なのは、その恋人は「夢の中に出てくる恋人」じゃなかろうか?って俺は思ってしまう。龍宮城での日々は夢の中の出来事のようなものだから。つまり玉手箱を開けて龍宮城での夢のような生活が終わることと、夜か明けて夢から覚めることとをかけているのではないかと思えるのだ。
もしそうだとすると、この歌は『御伽草子』の中にだけある歌ではなくて一般に流通していた歌なのではないだろうか?という疑問が生じる。そしてそれが『御伽草子』の本文のストーリーとは一致しない(と思われる)ことから、箱を開けてしまったために龍宮城での生活が終わってしまったという別バージョンの「浦島太郎」があったのではないか?という妄想が湧いてくるのである。
なお『万葉集』・『丹後国風土記』における「玉くしげ」を開ける意味は、開けると妻に二度と逢えなくなるということであると思われ『御伽草子』においてはこの要素が消えている。ただし『万葉集』・『丹後国風土記』においても開けるのは別れた後のことなので、開けたから別れたという話ではない。