貧乏人ほど無駄遣いをするというのは本当か?

最近はあまり見なくなったけれど、炎上初期の頃は「貧乏人ほど無駄遣いをする」。彼女の散財はそれで説明可能で、彼女が貧困なのは間違いないという論理が多くあった。今でもなくなったわけではない。


しかし、これは本当なのだろうか?何かデータがあるのだろうか?検索してみたが見つけられなかった。そんなデータがあるなら示してほしい。


一方、これに類似した話ならある。


お金持ちは無駄遣いをしない」という話。


お金持ちとそうでない人の違いとして語られる。たとえば
お金持ちになれる人、なれない人。決定的に違う「10の習慣」 | TABI LABO


「お金持ちでない人=貧乏人」というわけでは決してないが、お金持ちと比較した場合には中流でも「貧乏人」ということになろう。本来「お金持ちでない人」だったものが「貧乏人」になったのではないか?その方が刺激的だから。


で、実際どうなんだという話だが、確かに持ってるお金は全部享楽的に使ってしまって、将来のための備えや、将来のためになる投資や貯蓄をしない人はいるだろう。それほど収入が多くない場合、そのために生活費が足りなくなってしまうということもありえるだろう。子どもの教育費を出さないで、それが格差の再生産を産むみたいな話もある。


生活保護受給者の場合、原則的に貯金が認められていない(ただしある程度は可能)。だからお役所の予算のように使い切るのが一般的。パチンコに使おうが何に使おうが自由とはいえるだろう(ただし生活保護は求職活動をするというのが建前なので、パチンコする時間があるなら求職活動しろ、金があるなら就職に役立つ使い方をしろという批判はありえる)。なおパチンコで生活費が無くなったらどうするんだろうと思って調べたところ、家賃は手渡しではなく振り込みなので住は確保される。衣はただちに困るというわけではない。食はホームレスのための配給などで確保するらしい(他にも手段はあるんだろうけど)。


しかし、相対的貧困の場合(特に家族がいる場合)は、そもそも生活を維持するのに必要な金があるかないかの状態なので、無駄使いをすれば直ちに生活が困窮するのであり、そんな無駄使いをする人はそんなにいないだろうと思う。ただし、銚子の事件のように世間体を気にして娘のために金を使って極貧生活を送り、それさえ不可能になって娘を殺してしまったというケースはあった。ただこの場合も享楽的な支出というわけではない。


貧乏人ほど無駄遣いをするというのは、仮に本当だとしても、相対的貧困にそれが当てはまるのかは甚だ疑問。