KYって何だ

俺はどうしても朝日新聞の珊瑚事件を思い出すので、「空気が読めない」とういう意味の「KY」にはなじめない。


それはともかく、
⇒Yahoo!辞書 - KY

「空気を読めよ」、「空気が読めない奴だな」の頭文字。周囲の状況にふさわしい言動ができない人への警告。

具体的に「空気を読む」とはどういうケースか。たとえば「周囲が楽しそうにしていたら、つまらなくても楽しそうに振舞い、場の雰囲気を壊さない」みたいなことですよね。


「空気読めない」といっても「本当に空気が読めていない」場合と、「空気が読めるけれど読まない」ケースがある。本来の「空気読めない」は前者で、後者は「空気読まない」。だが、どちらも「空気読めない」と言われる可能性はある。やっていることは同じなので区別がつかない場合もある。前者は天然だが、後者はわざとやっているのであり、わざとやっているからにはやる理由がある。相手が誤解しているのなら、「俺は空気読めないんじゃないんだ。読まなかったんだ。なぜ読まなかったかといえば、かくかくしかじかの理由で」と反論すればよい。


ということになるはずだけど、話は単純じゃない。「空気読まないのが空気読めないってことだ」という意味の「空気読めない」がある。「皆が楽しそうにしているということをお前が理解しているということはわかった。お前がそれをあえてぶち壊したということもわかった。だが、今ここで、そんなことをする必然性はない。それがどうして理解できないのだ」というような。ここで、片方は「空気を読めるけれど読まなかった」つもりで、片方は「奴は空気を読んでいない」と認識しているという対立が発生する。これは二つの異なる価値観の対立。


あと、本当に空気が読めていないという意味の「空気読めない」だけど、空気が読めていないことを自覚して、空気を読もうと周囲の状況を窺うとか、周囲と同じ行動をするとか、そういう人を指して「空気読めない」とは言わないように思う(徐々にズレが生じて、明らかに周囲から浮いてしまうと言われるだろうけれど)。


あと、空気読めているんだけれど、周囲の状況に合わせたくても合わせられない不器用な人も「空気読めない」って呼ばれますよね。


ちょっと考えてみたんだけど、一口に「空気読めない」と言ってもいろいろありますよね。で、これらを一つにまとめて論じられるのか、そこんところは良くわからない。