蒟蒻ゼリーの件について

この前、この問題に興味がないと書いたんだけど、興味のある部分について書いておく。


俺は基本的に、規制は少ない方が良いと思っている。だから、この件に関しても規制するのは慎重であるべきだと思うわけだが、食べる気はさらさらないので、どっちでも良い。で、良く聞く「婚約ゼリーより餅の方が危険」って話だが、もしかしたらそうなのかも知れないが、俺にとっちゃ知ったことじゃない。餅は食うが、蒟蒻ゼリーは食わない。食いたい人は勝手に食えば良いだろうが、「餅は食うくせに、何でそれより安全な蒟蒻ゼリーは食べないの?バカなの?」と聞かれたら、「バカはお前だ」と、まあ実際は小心者なので口には出さないが心の中で毒づくだろう。


そして、さらに言いたいのは、「蒟蒻ゼリーを規制すべき」という意見に対しても、特に否定はしないということ。バカな意見だともちっとも思わない。


規制派の言わんとするところは、「餅は伝統食であって蒟蒻ゼリーとは違う」ということだろう。だが、これは実のところ説明不足であり、これでもって「餅と蒟蒻ゼリーでなぜ区別するのか」という単純明快な主張をする反規制派を説得することは難しい。しかし、それ以上の説明をすることは非常に困難なのだ。そこにこの問題(というか「この手の問題」)の難しさがある。


これは「理性」を重視する派閥と「伝統」を重視する派閥の典型的な対立なのだ。で、「伝統」を重視する派閥が、なぜ「伝統」を重視するのかといえば、「理性」の限界を認識しているからだ。それなのに言論界においては、「理性」に対抗する「伝統」を「理性」で説明しなければならないというジレンマがある。言論界という理性が支配する土俵に上がった時点で非常に不利な戦いをしなければならなくなるのだ。


というわけで、ネット界において、反規制派の言い分がもっともらしく見え、規制派の言い分が稚拙に見えたとしても、それは構造上そうなってしまうものなのだという認識を持っておいた方がいいと思いますね。