「大惨事!過下郎日記」さんの回答

hazama-hazama-hazama氏から回答を頂いた。ありがとうございます。
疑問に対して簡単に返答 - 大惨事!過下郎日記


さて、専門家の言い分を信じることについてですが、俺も前に言及しています。


前に書いた記事。
信用するということ
「自分の頭で判断する」

これは、疑似科学批判で安斎育郎氏が「自分の目でしっかり確かめ、自分の頭で判断する習慣を」と呼びかけているんだけれど、自己の力だけで、地動説が正しいと証明できる人なんてそんなにいないですよね、それどころか地動説という考えを思い付くまでにだって高いハードルがありますよねってこと。


だから、専門家の言い分を信じるということに全く異存はありません。問題は、専門家の言い分を信じない人が現実に存在するということ。そういう人達をどう位置づければいいのかってこと。たとえば疑似科学問題で言えば「水からの伝言」を信じる人がいる。で、信じるか信じないかはその人の自由ではないのかってこと。


俺はそこのところの考えがまとまっていない。何を信じようがその人の勝手じゃないかとも思う。しかし、「水伝」を教育現場に持ち込むというケースについては、断固として反対する。多様な価値観があってもいいと思うが、教育現場という「場」では、教育現場の価値観に従わなければならないと思う。では、「水伝」を利用した高額商品を売りつけることに対してはどうかというと微妙。それは買い手の「自己責任」ではないかとも思う。しかし、それによって生活が困窮しているような人が現れるとなると、それは社会問題として追求しなければならない問題ではないかとも思う。さらに、「人種理論」の類になると、信じるのは自由だなどと言っていられなくなるだろう。


つまり疑似科学だからといって、一概に信じちゃいけないということはないけれど、それが許容されるべきか否かは、ケースによるんじゃないかと思うんですね(hazama-hazama-hazama氏もそういう趣旨で述べているんだと思いますけど)。