羽柴氏(その3)

羽柴氏(その2)の続き。


「羽柴」の「はしば」の由来は「土師場」ではないかというのが俺の考え。ただし、それとは別の考えも捨てきれない。


それは「はしば」=「橋場」説。


この説は前に本で見たことがある。記憶が定かではないけれど、秀吉と川並衆との関係などが根拠だったと思う。


それもそうかもしれないとは思うけれど、俺はそれとは別に気になることがある。


それは「朝日姫」との関係。


豊臣秀吉と「朝日姫」との関係については既に何度も書いた。秀吉の妹は「朝日」。正妻北政所の母も「朝日」。淀殿は「浅井姫」であり「朝日姫」。秀吉は猿と呼ばれるが、日光の猿丸大夫の祖母は「朝日姫」で母は朝日長者の侍女。このように秀吉と「朝日」には深い関係があるのである。



で、東京都台東区橋場という地名がある。そこに石浜神社がある。現在の地名は南千住だけれど元は橋場だった。「橋場神明」とも呼ぶ。


そして「朝日神明宮」とも呼ぶ。
大成建設 | ライブラリー - 橋場は 古くは 石浜


橋場と朝日なんである。


祭神は天照大御神豊受姫神。太陽神アマテラスだから「朝日」なんだろうか。


なお、北政所の実家は尾張清洲の「朝日郷」だが、その地にあった朝日神社は現在名古屋市にあり、祭神は天照皇大神天児屋根命
朝日神社の由来・歴史|朝日神社
(このページによると秀吉の妹の朝日姫の氏神でもあるそうだ)。


ただ、天照大神を祀る神社が朝日を称するのは珍しいことではないと思われるから、これだけでは非常に弱い。


とはいえ江戸の橋場の「朝日神明宮」は隅田川と深いつながりがあるように思われ、俺は「朝日姫」が水と深い関係があると思っているので、弱いとはいっても簡単に見過ごせないように思うのである。


(おわり)


※なお、大阪の朝日神明宮は秀吉の手厚い保護を受けている。
朝日神明社 - Wikipedia