片瀬久美子氏炎上

片瀬久美子さんがスリーパーセルをスーパーセルと空目→しばき隊界隈が片瀬さんを批判→片瀬さん、しばき隊界隈と訣別宣言 - Togetter
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さて、これをどう考えるかだが、そもそもの発端は先の三浦瑠璃氏のスリーパーセル発言騒動にあるわけだ。それは踏まえておかなければならない。片瀬氏はこの件について何度も反論している。たとえば、


など。


ただ、それを言うならば三浦瑠璃氏についても同じことが当てはまるのである。三浦氏に在日朝鮮人差別の意図はないのに受け手がそう受け取ったのだから(少なくとも本人はそう主張してるし、それで不自然な点はない)。


「それとこれとは話が違う、なぜなら〜」という理屈付けは可能だろう。実際それとこれとは別なのだから、全く同じものでなければ差異があるのは当然で、そんなことは「それとこれ」だろうが「あれとこれ」だろうが何であっても、違うと強弁することはできる。だがそれで誰もが納得できるものではない。ほぼ同じだということも可能だ。


で、この件に関しては

などといった著名人による主張があり、これを肯定するのならば片瀬氏はアウトということになる。よって、この理屈で三浦氏を批判する人が片瀬氏を批判するのは当然といえば当然のこと。むしろ一方を批判して一方を擁護する場合は、それはどんな理屈によるものか、説明もしないでそうすれば二枚舌に見えてしまうことになるだろう。


※ なお東浩紀氏に関しては「むろんこれは被害者万能ということではなく、無理筋の訴えは退けなきゃ行けない」と言ってるけれども、無理筋と無理筋でないものの違いが恣意的に決められてしまえば、結局のところ後都合主義で「それとこれとは話が違う」と上に書いたことと同じになるであろう。


※ 三浦氏への批判を当然のこととして肯定するならば、自分にその意図がなくても批判されることはありえることなんだから、同じことが自分の身に降りかかってきたときに自分だけは例外だとするのは見苦しいことこの上ない。もちろんハラスメント問題で「悪意はなかった」では通用しないことはある。しかしそれを適用させるには十分過ぎるほど慎重で厳格でなければならないのではないか。


もちろん俺の場合は、そもそも三浦氏の発言が差別を助長するものとして批判されていることに全く同意できないわけで、当然片瀬氏に対するバッシングもその件のみについて言えば同情しないわけではないけれど、片瀬氏とて三浦氏批判については知ってた(言及もしている)のであり、であるならばなぜ三浦氏が批判されているのかということも片瀬氏なりに理解してたはずだと思われるのに、自らが叩かれた際の反応を見ていると、どのように理解してたのか疑問符が付くようなところがあると思うのである。