誤解の連鎖

上の記事で「誤解の連鎖」って書いたんだけれど、これはさっき俺が思いついたのであって、そういう歴史の専門用語があるわけではない(多分)。しかし、こういうケースは山ほどあると思いますね。


昨日書いた「信長と天皇」の件も、信長と朝廷が対立していたという思い込みがあると、それを補強する「証拠」が次から次へと出てきたりする。


尚真王の刀狩の件については、まず、バジル・ホールの影響が大きい。彼が「琉球は武器のない国」であると証言した。それは事実ではないのだが、なぜ彼がそう述べたのかは、元ネタがあるのか、誤解なのか。その他の理由があるのかわからない。とにかくこの話がヨーロッパに流布した。


それとは別に伊波普猷尚真王の非戦主義を唱えた。俺はよく知らないけれど、この主張の背景には、「琉球は武器のない国」という先の話が影響したのではなかろうか。普通に読めばそうは読めない「百浦添欄干之銘」から「刀狩」を導き出したのも、そういった流れだったのではないか。これも俺の想像でしかないが、反戦思想というより、大和よりも先に「刀狩」を実施した先進国だということが重要だったのではないかとも思う。


さらに、これは最近のことだけれど、大田昌秀沖縄県知事が講演で述べた「非武の文化」。
第1部 講演「戦後沖縄の挑戦」(3) 言論の自由を考える5・3集会(朝日新聞労働組合)
ここで、『おもろそうし』と『遺老説伝』を調べると「殺す」という言葉がない。言葉がないのは「殺す」という意識がないのだという説を紹介している。このように次から次へと「証拠」が積み重ねられることによって「事実」が作られる。


ところが真実はそうではなかったわけですね。しかし、まだ話は終わっていない。今でも「武器のない国」を引きずっている。


これには政治的な要素による影響が大きいとは思うけれど、それだけが理由じゃないと思いますね。そういった「誤解の連鎖」については、またいつか書きたいと思う。