オモテを読まずにウラを読む

多くの陰謀論者の特質として「オモテを読まずにウラを読む」というものがあると思う。


オモテには権力者に都合のいいことが書いてあって素直に信じるのは愚か者であり、そのウラにある「真実」を読み取らなければならないと。それは確かに一理あるけれど、そのことばかりに意識が集中してオモテはろくに読もうとしない。一読する前から、あるいは自分の価値観による歪んだ理解に基づいて、真実はそこにはないと決め付けてウラを読み取ろうとする。


これが深刻なのは、こういう思考が一部のトンデモさんだけではなくて、広く一般にも浸透していると思われること。超光速ニュートリノの話だって、これで相対性理論が覆されたとかタイムマシンができるとか、現状ではまだ確定にはほど遠い話を決定事項のように語るトンデモさんがいるかもしれないが、一方では、マスコミがそう言って騒いでいると決め付けて批判する「賢い人」もいる。


俺の知る限りでは大新聞といわれるようなところで、これを確定したかのように報道しているところは無い。記事を読んで確定したと理解する人は読解力に重大な欠陥があるか、またはわかっていながら希望によって事実を歪曲しているのである。一方、マスコミが確定したかのような報道をしていると批判している人達も事実を歪曲しているのである。


小学生でも記事を読んで確定していないことを理解できるはずだと思われるのに、「賢い人」がなぜそんなことを理解できないのか?おそらく彼らはマスコミが「一応は」確定していないと報じていることは理解しているはずだ。しかし、それは形式的なものであり、本当はマスコミは「相対性理論は覆ったのだ」「タイムマシンは実現可能なのだ」と読者を煽り立てようとしているに違いないと「ウラ」を読んでいるのであろう。


(つづく)