『謎とき平清盛』(本郷和人)その3

その1
その2

 また巷説の如くんば、御手の衆、過半帰国の由、驚き入り候、おのおの兵を労るは勿論に候、然りといえども、此の節、信長滅亡の時刻、到来し候の処、唯今、寛宥の御備、労して功なく候か、「不可過御分別候」、猶ふと彼の口上に候、恐々謹言、


本郷和人氏の口語訳。

 聞くところによると、あなたの兵の大半が帰国したとのことで、びっくりしています。それぞれの大名家が兵をいたわるのは当然ですが、織田信長を滅亡に追いつめる好機が到来したいまこの時、そのような優しい気配りは、かえって労あるのみで功績を台無しにするものといえましょう。「不可過御分別」。なお、使者に口上を与えたのでお聞き下さい。恐々謹言。


本郷氏は「寛宥の御備」「そのような優しい気配り」と訳している。



「そのような優しい気配り」とは何を指しているのかといえば、対象を明示していないので推測するしかないが「大名家が兵をいたわる」のことだろうと思われる。つまり朝倉軍の兵の大半を帰国させて休息させるという優しい気配りというような意味だと思われる。普通に読めばほとんどの人がそう理解するのではなかろうか?


だが、果たしてそうだろうか?


「寛宥」とはどういう意味か?

寛大な気持ちで罪過を許すこと。
「かの卿(きゃう)を―せらるべきなり」〈平家・一〇〉

かんゆう【寛宥】の意味 - 国語辞書 - goo辞書


国語辞書にはこのように書いてある。すると「兵をいたわる」ことを「寛宥」と表現するのはどう考えたっておかしい。


「寛宥」とは織田信長に対して「寛宥」だということだ。そして「寛宥の御備」の「御備」とは「部隊編成」の意味だろう。「武田の赤備え」「井伊の赤備え」などの「備え」のことだ。


すなわち「寛宥の御備」とは「罪人の織田信長に対峙している時に兵を帰国させ軍備を縮小し滅亡寸前の信長を助ける寛大な態度」を意味する。



ただし、(かなり苦しいが)本郷氏が「兵に対する優しい気配り」という意味ではなくて「信長に対する優しい気配り」という意味で訳している可能性も無くはない。しかし、もしそうなら「不可過御分別候」を「ご分別にすぐべからず候」と訳して「兵を労るのは大事ですが、信長を滅亡に追い込む好機です。兵を戻していただけませんか」と意訳するのが理解できない。



(つづく)