北条氏康書状について(番外) 古文書の解読について

学術論文というのは一般向けの書籍と違って読み手も専門的知識を有していることが前提になっている。したがって俺のような素人が読んでわからないところがあっても、それは俺が無知だからということになるかもしれない。


でも本当に俺が素人故の無知なだけなのか、それとも専門家でも知らないことなのかを俺は知らない。


たとえば俺が疑問に思っている「彼国被相詰」の「相詰」の意味について、これを「侵攻するという意味で使っている史料が他にもあるのか」という問いに即答、あるいは手持ちの資料を少し探せば答えることのできる専門家はどれほどいるだろうか?


もしかしたら専門家も知らないことなのではないかと思うのは、以前『満済准后日記』に出てくる「雑熱」の件があるからだ。


「雑熱」とは発熱のことだろうと漠然と思ってた。ところが念のために調べてみるとそうではなくて「腫物、できもの」のことだった。しかし「雑熱」に意味を勘違いしていたのは素人の俺だけでないのだ。
⇒〈研究余滴〉小さな語誌 : 「雑熱」について - 広島大学 学術情報リポジトリ


この記事の筆者の位藤邦生氏は以下のように述べる

現代から見てその字面が特に難しそうでなく、現代語からの類推が容易に思われる語の場合、私などもつい、辞書を引くのを怠ってしまいがちになるのだが、案外それが落とし穴になる場合がある。

やはり専門家でもそういうことが起こりうるのだろう。


その可能性を考えた場合、北条氏康文書においても、俺は本当にそんな読み方ができるのか疑問に思うことがたくさんあるのだが、それは単に俺が素人だからなのかとも思うけれども、一方では専門家であっても特に他の史料における用法を検証したものではなくて、語感から解釈しているだけの可能性もあるのではないかと思わずにはいられないのである。


※たとえば
『謎とき平清盛』(本郷和人)その2
「寛宥の御備」を「そのような優しい気配り」と訳している。文脈からは「兵をいたわる」ことが「そのような優しい気配り」だという意味にしか受け取りようがないのだが、「寛宥」とは「寛大な気持ちで罪過を許すこと」であり、これは「信長の罪を許すこと」という意味だとしか解釈しようがないだろう。